ひどいネタあかし 1
マジックアワーが終わり、携帯を見ると午後八時を表示していた。呆けていた時間が長かったのか、体感時間が短かったのか──。
辰美は参道を降りながら、雑木林を染めるのっぺりとした暗闇を眺める。明かりのない夜の底のなさを、越久夜町に住んで知った。
最初は田舎町の夜が怖くて仕方なかったが、今は少しだけ心地よく感じる。誰も、人ならざる者も、見ていない…安堵できる空間。
「そうだ。緑さんに電話しよう」
パカリと折りたたみ式の携帯を開き、電話帳から緑を選択する。眠ってしまっただろうか。
「もしもし?」
通話は難なく繋がり、緑は沈黙していた。
「あ、あの…あれから大丈夫だった?」
「ええ…」
我ここにあらず、な声に心配になるが、辰美は他の事も気になっていた。
「三ノ宮さん、家に来た?」
「いえ、私は坐視者になり、祖父を見つけたい。では、さようなら」
「あ!待って、け、けど春木さんが、緑さんに話があるって」
「断ってください」
「ええ〜」越久夜間神社から自分はまだ山裾にいた。
(あれ?三ノ宮さん?)
暗がりの中、懐中電灯を持った三ノ宮が怪しい動きをしているのを見つける。僧侶姿の人は越久夜町では彼しかいないだろう。
参道ならこちらに来るはずだが、異なる方向へ歩いていく。
固唾を呑んで、立ち止まる。見なかったとアパートへ帰ってしまえば、平和に過ごせるだろう。
だが、何か嫌な予感がした。ここは決意して跡を付ける事にした。
「辰美さん?」
「うん、今、三ノ宮さんが越久夜間山に登っていくのが見えて」
「…三ノ宮家は、越久夜間山とあまり関わりを持たないようにしているはずですが」
「そうなの?…跡をつけてみる」
「やめなさい。身を危険に晒すのは」
「ううん」
雑木林の斜面から大量の獣が降りてくる音がして、身を緊張させる。黄緑色の眼光がそこかしこから現れる。
「タヌキたちだ!」
あっという間に威嚇したタヌキたちに取り囲まれ、辰美は狼狽した。
タヌキの様相はいつもと異なり、一回り大きい。エゾタヌキのようだ。野生味のあるタヌキたちは毛を逆立て怒っている。
彼らは三ノ宮を守っているのか?
「逃げ道は?」
「ない、どうしよう」
「木に登るのはどうでしょうか」
咄嗟に天の犬化した腕を使い、木の表面に爪を立てる。携帯を口にくわえ、右手で掴める場所がないかさぐりながら木によじ登った。
タヌキたちは木に登る事ができないのか、飛びかかってはこない。
(肩まで変化しててよかった!)
人外の力を利用して、木のてっぺんまで登りつめると、そのままよろめきながら隣りの幹に移り、山の上へ上がっていく。
まるで山にいる物の怪みたいだ、と我ながら思う。
一際大きなケヤキの古木にたどり着き、腰を下ろした。
「最悪。足くじいた〜」
「他に怪我は?」
「あ、まだ切ってなかったの?!大丈夫だよ」
「通話は切らないで下さい。遭難死したらしゃれにならない」
「なんか、前にもこういうシュチュエーションあったね」
「…」
百鬼夜行に遭遇した記憶が蘇り、くすりと笑ってしまう。
「ゆっくり、足をおろして。腕は使えますか、天の犬の」
「うん」
緑の指示に従い、木をおりる。登った時は必死だったが、今になって足が震え上手く降りれない。踏み外さないよう緊張しながらも、地面に着地する事ができた。
「ここどこなんだろう」
「何か目印になる物はありますか?」
「何も…」
雑木林の、暗い景色に心が折れそうになる。先ほどまで心地が良かったのに。
「町の景色が見える場所とかないかな」
「助けを求めましょう。今から私が」
「大丈夫。朝になるまで、自分で何とかしてみせる」
あれから成長したところを見せたかった。いや、単に強がっているだけかもしれない。
緑は覚えていないのだから。
少し周りを歩くだけだと説得して、探索する。




