ユートゥー・ノーモースター・スアヲルシィとかわいそうな迷子の犬 4
「その、ユートゥーさんてなんなの?アタシ、ハテナなんですが」
「レジュメでも読んでろよ」
それどころじゃない、と乱雑にレジュメを畳に叩きつけた。
(レジュメ、本当に好きなんだなあ…)
顧兎は坐視者に影響を及ぼした存在だと言われている。坐視者は必ずしも彼女を模して現れた訳ではないが、前身になる干渉者よりも前に似たような行動をとっていたようだ。
ただ坐視者のように未来や過去を見通さず、干渉者のようにある存在に執着したりしない。ただ話しかけたり関わったりするだけで、普通の人と同じ感覚や感性で楽しんでいる。
自らを鳥瞰者と名乗っている。
自らは"月の子"の良き理解者であると自負しており、その座は譲らない。
表舞台に姿を表さない月にいるウサギ。
──ユートゥー・ノーモースター・スアヲルシィ。
「へー、ちょっと違う気もするけど」
「…俺は、ソイツにあいたいのさ」
「アナタにもそういう人がいたのね?驚き!」
「ひでえな」
「越久夜町に来たのも、顧兎を探してやってきたに等しいんだ」
ある理由がありエベルムは番神たちに狙われていた──そして人気のない、淀んだ時空を発見しる。そこへ、越久夜町へ逃げ込むしか無かったのだ。加えて顧兎の気配もした。もし会えるのならそれでいい。
「嘘ついてる?ユートゥーさんと、どこで知り合うのよ?」
「俺は顧兎に荒廃した世界で生きていく術を教わり、生活を共にしていた過去がある。身寄りのない俺にはユートゥーが全てだった」
二人で迷宮を巡り歩いた。ある物を探していたユートゥーの"願い事"を知っていた。
しかしユートゥーは案の定、行方不明になってしまった。仲間が探しても探しても、どんなに迷宮をくまなく捜索したはずなのに見つからなかった。
自分も、彼女の願い事を理由に迷宮へ潜入する。それよりも、"その弟子"はなんとしてでも行方不明となった顧兎に近づきたかった。
「それって、アンタが天の犬になる前?」
「ああ」
"その弟子"の──願い事はユートゥーと再会する事だった。
「会いたいんだ。そんで、聞きたい事がある」
謎めいた──を目指し格好つけた、胡散臭い奴ではなく、弟子としての顔を見てしまう。突然居なくなった師範への悲しみや、望郷を滲ませる。
「…協力してくれよ」
次の瞬間、エベルムが真意が読めない声音で言った。
「良い褒美をやるから」
「はぁ?褒美って…」
「坐視者は何でも見通せる、またはその通りにできる。もしもだ、アンタが望ましい結末を俺は用意できるってワケだ」
虹色の瞳が邪悪な光を灯しニヤリと歪んだ。
「俺がアトラック・シンシア・チー・ヌーを倒す。佐賀島 辰美、お前がチー・ヌーにトドメを刺すんだ」
「…」
「名誉も信頼も、何でも手に入るぞ」
「私は名誉とか要らない。この地獄から逃げたいだけ」
ハッピーエンドというふざけた呪縛から逃れたいのだ。
「おいおい。今は楽しくないのかよ?親友や知己に囲まれてちゃんちゃらおかしくやってんのに?」
肩を組まれ、背筋に悪寒が走った。
「この時空は宇宙創成の神が遊んでいるパラレルワールドの一つ。遊びなんだよ。なんなら俺たちも遊ぼうぜ」
「何言って──」
「天の犬になってクソつまらねえ時空旅行でもするか?それとも食神鬼になって、飢餓に苦しむか?」




