ユートゥー・ノーモースター・スアヲルシィとかわいそうな迷子の犬 1
睡眠中、違和感を感じ、恐る恐るまぶたを開けると見慣れない場所にいる。いつもの天井はなく、果てしない空間が広がっていた。
漠然とした何も無い空。この光景は一度目にした事がある。宇宙だ。
言うなれば布団ごと月世弥に連れられ、目覚めると宇宙にいたのだ。
「な、な!なんて事してくれんのよぅ?!」
「夢を介して接続したからしょうがないでしょ。人間の夢じゃ集合的無意識くらいしか行けないんだからな」
シラーッとした巫女にイラつくが、真の辰美の容姿を借りた誰かも、集合的無意識の話をしていた。
この場に到達するのは人ならざる者にとって楽なのかもしれない。
「感謝しな。これから太虚の近くまで行こうと思う」
「え、この前のお願い、覚えててくれたんだ?」
「私も太虚に興味がある」
悪戯っぽく笑ってみせると、彼女は何もない漠然とした景色を指さした。右も左もないこの場では方向など意味が無い。
「太虚へはあの方向へ行けばたどり着くに違いない」
「分かるんだ」
「シャーマンだからね」
シャーマンという生業がそこまで万能だとは思わないが、稀代の巫女だった女性が言うのならば信じてもいいだろうか。
仕方なく布団を畳み、殺風景な宇宙を見渡す。
「百年かかるとかはないよね?」
「バカか?すぐにつくよ」
巫女に呆れられながらも辰美は歩く事にした。
「なんか、何もなくて不安になって来たんですけどぉ」
歩き疲れ、しゃがみこむと不平を漏らした。
「宇宙のデフォルトがこれなんだ。地球は良くも悪くも物が溢れてる」
「はあ…デフォルト、ね」
「この宇宙ができた神話を教えてやろう。人ならざる者なら誰でも知っているよ」
宇宙創成の神話の始まりは、かつて数多くの宇宙の一つに双子がいた所から始まる。
彼らは太陽の子と月の子だった。二人は協力しながら世界は均衡を保ち、宇宙は完璧に回っていた。
しかしある時二人は仲違いし、それぞれに、しかしよく似た世界を作り出した。
月の子が支配する宇宙と太陽の子が支配する宇宙。
密接に、類似して、異なる宇宙が存在するようになってしまったのだ。
やがて寂しくなった太陽の子は、双子になる金星を作り出した──。
数多の中の、些細なお話である。
「わたしたちは、この中にある月の子の宇宙にいる」
月世弥は概念的な宇宙の景色に溶け込み、言い放った。
「前から気になってたんだけどさ、月の子?月の神さまなの?」
「さあ、知らないね。わたしは聞いただけだ。顧兎に」
月なんて、どうにでも想像できる。天体望遠鏡から望める月か、概念的、または神話に登場する月か。
月の子が、月の子供なのか──はたまた異なる、何かなのかも。
「宇宙兎と深く関わるだけ無駄だよ」
遥か遠い場所に月に似た輪があるのを見つけた。何も無い世界に、それだけがあった。
「あれは何?」
「月の現象だ」
「え?」
輪廻──月の現象を辰美は目にする。月に似た輪は何かの集合体であり、とてもゆっくり回っているのだ。遠すぎて正確に可視できないが、見たくない気がして目を逸らす。




