心中 4
「星神の魂を、戻してあげてください。この際星神の欠片をあげようと、辰美さんを探していたンです」
頭に付けていた髪飾りを器用に取ると、こちらに渡してきた。星があしらわれた可愛らしい金と青の髪飾り。辰美は戸惑いつつも、それを受け取った。
「その髪飾りに魂を移しましたので、よろしくお願いします」
「あ、うん…」
「じゃあ、サヨウナラ!」
清々しい様子で童子は走っていった。
「あ、そうだ。包帯買ってこう…」
童子式神の背中をぼーっと眺めていると、新しい包帯を買おうと思い至った。後はレトルトカレーである。有屋から再び食料をもらう約束はしたが、今度はコンビニエンスストア限定のキーマカレーにハマってしまった。
(我慢するべきかなー。キーマ)
ぼやぼやと悩みながら歩いていると、嘔吐している人がいた。このご時世だ。宴会でもしたのだろうか?
遠巻きに助けを呼ぶか考える。もしノロウイルスだったら、こちらも感染してしまうかもしれないからだ。
(とりあえず通り過ぎてみるか…)
そろそろと横を通過して、気づいた。嘔吐しているのではない。何かを一心不乱に食べている。
「あ!」
──緑が一際大きい椿を食べている。ムシャムシャと貪るように。
辰美は咄嗟に椿をもぎ取ると、地面に投げつけた。
「何してんのよ!」
「邪魔をしないでください」
「食用の花じゃないんだよ?!毒があるかもしんないのにっ!」
「春木さんにもらったんです。美味しいと言ってました」
思考を停止した、無機質で気の抜けた口調に悲しくなった。
「春木さんは…。…。ねえ、じゃあさ、私と一緒にアチラの世界に行こう。一緒に、人ならざる者になろうよ」
抱きしめ、きつく力を入れた。目の前に緑がいるはずなのに存在感がなかった。
「…人ならざる者、ですか」
「うん。今なら私、バケモノになっても良いって思える」
「貴方とは踏み切ってはいけない。辰美さんは人間であるべきです」
正気に戻り、彼女は抱きしめた腕を優しく解いた。
「どんなに、体が人ならざる者になっていっても、貴方には、心だけでも人であって欲しい」
「どうしてそんな事いうの…?」
「春木さんも、有屋さんも…私も、見水さんも、そう思っているからですよ」
その言葉に、どう反応していいか迷った。(私はそんな人じゃない…)
疲れきり帰路に着くと、見水がアパートの階段に座っていた。手にはお手製の菓子が入った紙袋を持っている。また懲りずに菓子作りに励んだのだろう。
「あ、辰美!」
「見水。どうしたのよ?また連絡も寄越さずに」
「あのさ…緑さんから聞いたんだけどさ…八月がループしてるの?」
「あー」
やはり田舎とは恐ろしい。あっという間に噂や事実が伝わってしまう。
「そうなんだよ。八月が」
「私は、終わりなんてきて欲しくないな!」
見水が痛いしいほどの空元気で遮った。
「まだ辰美と、緑さんと過ごしていたい」
「…うん」
「八月がずっと続いてもいいよね!だって、夏休みが終わらないなんてさ。フィクションみたいだし、それに辰美とこうして遊べるもん」
見水の悪戯めいた言葉に、胸にさざ波が立つ。
「う、うん」
じゃあ、と悪魔の感情が芽生えてしまう。ずっと夏休みを過ごそう。ずっと夏に捕らわれて遊んでいよう。
「見水は、八月が終わっても──私の前からいなくならないでね」
口からやっと出たのは、心中めいたものとはかけ離れたものだった。
「ちょっと?泣いてるの?!」
「泣いてないっ」
涙を拭いて、無理やり笑ってみせる。上手く笑えてないのは百も承知だった。
「辰美〜、泣かないで。大丈夫。辰美には皆がいるんだから!ね!」
(皆がいる、か…)
涙を流す自分を見かねて、見水が赤ちゃんをあやすような口調で撫でてきた。
「これが終わるまで夏休み楽しもう!」




