心中 3
何も出来ずに日々が過ぎていった。天の犬の力を使う気にもなれずにいると、もう一度──あのスカした半笑いのエベルムが現れる。
光路は天の犬や坐視者の力を返上すると申し出たが、却下されてしまった。それを見兼ねた奈木が代わりに引き受けるとエベルムに詰め寄るも、光路でないとダメだと言われ、万事休すとなったのだ。
「光路はどう頑張ったんだろうね。私には測りしれない」
「辰美さんも、いづれ…」
「えっ?!」
「君も、天の犬になれば我を忘れてしまうだろうねえ」
「やめてよ〜!怖いじゃん!」
気がつけばメロンは皿からなくなっていた。辰美は恐怖を拭おうと、仮眠する事にした。
「緑さん、昼寝してくるね」
あれから惰眠を貪り、ちょっとだけ店を掃除した。辰美たちが掃除をしてから、埃まみれの店内は小綺麗になってきた。そう言って日頃の成果を喜ぶのは辰美だけだが…。
相変わらず閑古鳥が鳴く売上だそうだ。
夕暮れの茜色が眩しい。蝉時雨も隆盛し、ヒグラシが主流になってきた。
少しだけ寂しくなる鳴き声に、あえて無心になりながら歩いていた。
「あ、辰美さん!お待ちくだせえ!」
「ん?」
背後から角髪と紫色の和装が特徴の、星守の式神──童子式神。彼女は短い足を必死に動かし、ついてきた。
「あ〜、童子式神さん。久しぶり」
「謝りにキマシタ!」
「え、何もされていないけど?」
「巫女式神が、辰美さんにオイタをしたようで…」
「ああ…」
「それに、これで最後かもしれないので」
礼儀正しく深々と頭を下げ、彼女は確かにそう言った。
「あたくしは、巫女式神と心中いたしマス」
振りきれた美しいほどの笑顔を夕日が照らし、血みどろに汚す。
「…」
「それが、あっしらの最善のハッピーエンドなんです」
ハッピーエンド。辰美は奥歯を食いしばり、まぶたを伏せた。
(どいつもこいつも、ハッピーエンドって…)
「辰美さん、アナタも終わり方を考えた方がいいデス」
「星守さんはどうするのよ」
「主さまは、…あの、──越久夜町の外に行ってしまった以上、わたくしと接続できるかも怪しいです。月世弥のクローンとはいえ、力も薄まっているでしょうし…あたくしは式神失格です」
「…なんで、童子式神さんはそれを?」
己は鬼神や巻物から得た知識の推理によって理解した結末を、蚊帳の外だった彼女は存じているのだろう?
「全て分かったのデス。運命の主軸からこぼれ落ちて、傍観する立場になってしまって」
「…そんな事有り得るの?」
「ええ。あっしも驚きましたが…種族的な坐視者にもなれない、どこまでも哀れな式神もどきです」
自嘲気味に苦笑いをし、童子式神はああ、と何かを思い出した。
「あっしは、巫女と星神の魂の欠片を持っていた、ようです」
「いた?もう持っていないんだ?」
「ええ、アナタの中に巫女の魂が憑依しました。今は、星神の魂の欠片があっしの央にあまりマス」
「…アナタ、何者?式神って皆そうなんだ?」
「い、いえ、それは分かりませんが。かつては希望が欲しかった者でした。アナタみたいになりたかった」
「──えっ、どういうコト?」




