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開闢のミーディアム ~人ならざる者が見える辰美の視点~  作者: 犬冠 雲映子
(1) 瞑瞑裡の鼠《パラレルワールド再分岐前夜》
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瞑瞑裡の鼠 「狸」

「たまに寺に来る夢札(ゆめふだ)売りのとこの娘さんだろう?代々君の家系の者が良い呪具を売りに来ると祖父から聞いていてね。わたしも何度か君を見かけている。」


 寺?かすかに思い当たる節があった。善郷寺(ぜんきょうじ)という寺院が越久夜町にある。この町に伝えられる異類婚姻譚(いるいこんいんたん)。ずっと昔、とある森あたりには大変霊力がある狸が住んでいて―森はやがて寺になり、そこを治める住職は狸の大将の子孫だとか。そんな昔話を紹介してもらった覚えがある。

 目の前にいる極普通の野生動物がその狸の大将なら。


「あ、ごっ御無礼を〜!」

「はははは!君の考えていることはなんとなく察せるよ!私は残念ながら()ではないんだ。ただのご近所さんの子孫さ。」


 相も変わらず快活に笑う紳士は改まった女性をなだめすかした。なんだか自治会で近所のおじいさんとお話ししているみたいである。きっと人間の姿であったのなら、そんなふうなんだろう。絵本で出てくる物の怪たちはこぞって現実離れしていておぞましかったりするけれど、この狸からは異能めいた立ち振る舞いはあれど悪意は感じられない。


「ここは夢の中なんだ。お互いラフに行こうじゃないか。」


 狸曰く最近訪問したばかりの寺の本尊の眷属(けんぞく)。彼は眷属(けんぞく)の中でも徳を積んでここまで妖力を手に入れたという。狐と共に人を化かしイタズラする狸がまさか狸のまま登場するとは、夢にも思わなかった。


「せっかくできた興味深い境界を散歩していたのだよ。我々怪しい者にはただの空き地程度だけれど、人にはどうやら害を及ぼすことが分かってね。調査を兼ね、皆で探索中だ。」

 愛嬌のある顔がわずかに誇らしげに見えた。皆―狸の皆さんでぞろぞろとうろついている光景はさぞかし和むであろう。


「わたしはどうやら悪い魔法使いに連れられて、夢…?に迷い込んだみたいです。ここが悪い魔法使いの根城ですね?」


 この「町」でゾンビ軍団にもでくわしてしまったら、ひとたまりもないし、悪い呪術師をとっちめて被害者にきちんと魂を返してもらわないと。でも魂なんて掴みどころのない物をよくもまあ手に入れたものだ。どんな魔法使いなのだろう。-とはいえ魂云々はヒロミの憶測であるけれど。


「なんとも飲み込みの早いお嬢さんだ。人も捨てたものじゃあないな。まあ、早かれ遅かれヒロミさんには手伝ってもらおうとしていた所なんだ。」

「わたしにっ!?な、なんも出来ませんよっ!」

 面映ゆいやら恐れ多いやら。複雑な気持ちでいるともう一匹、路地をとことこと歩いてきた。


「この人が夢札売りの娘さんかい?」

「ああ、じいさんに言ってきたのか。」

「もちろん。で、どこまで話した?俺は何を話せばいいかな?」

 漂う雰囲気からしてひょうきんなおじさんといった所か。彼は先にいた狸の横にくるや座り込んだ。


「えっと…私が悪い魔法使いに連れられてきたとこまでです。あと、手伝って欲しい…ですよね。」 

「そうか、俺らはあんたの敵じゃないよ。むしろサポート役に仰せつかったんだようなもんだ。」

 変哲もない狸がヒロミを仰ぎながら言う。


「だ、だれかに?頼まれたのですか?」

「我々の若大将だね。あんたは我々を抵抗なく受け入れてくれる数少ない良心的な人類なわけだし。いつかはここに来るとは思ってたよ。」


 若大将。多分寺の跡継ぎの…憧れでかっこいい人を指しているのだろう。


「は、はあ…そうなんですね。」

 彼らは物腰の柔らかさは親切な紳士を彷彿させる。彼は狸の中でも良心的な部類なのだろう。

 視線に気づくや至る所に狸どもが隠れたり、座ったり、こちらを遠巻きに伺っている。野生動物に囲まれると意外に圧倒される。救いなのは敵意がないということだ。


「みなさんも…」

「ああ。彼らも私も現実では普通の狸をしている。」

 と彼は言う。狸なんて、稀に車に轢かれているのを見かけるぐらいで…。


「夢路にとやかくはないよ。」

 そう。何度も確認するけれどこれは胡蝶(こちょう)の夢。目が覚めれば日常が待っている。夢だから狸が話さないわけがない、念ずれば空だって飛べるのだ。夢とは貴重な聖域だと狸は言う。


「我らは非力だ。熊のように大きな拳もなければ虎のように鋭利な牙や絶対的な恐怖もない。野狐(やこ)どもはなりを潜め、今や彼らも存在が気薄になってしまい、この町には私たち狸しか手を打つものがいないのだ。そして君のような人と協力し、人を、町を守らねばならない。町の常識が悪意のある呪術師によりねじ曲げられれば、人も我々も生活できなくなるだろう。」


 夢札を売っていた我が一族は、人々だけではなく彼らも潤していたとは。ヒロミは先祖の行いが報われたように感じた。


「え、え…あ、あの、急にいなくなったりしませんよね?」 

「皮肉にもやつの想像の暗黒面に助けられていてね。人間が宿していたこの、寛大なカオスと畏怖が私たちを具現化させているんだ。それが途切れなければ存在し続けられるよ。」


 ホッとしたつかの間、やつ―悪い呪術師の悪行が夢の世界まで及んでいるのだと、恐ろしくなった。想像の暗黒面とはいったい?


「何をすればいいかな…?」

「何もしなくともやつは寄ってくる。あなたは少し変わっている、既にあっちも気づいているらしい。」

 あなたは少し変わっている?(タヌキにも言われるなんて…。)

【用語解説】

野狐(やこ) 神格を持たない狐のこと。人を化かしたり、とり憑いたりする。


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