憐憫 6
胡散臭い言葉に片眉をあげてしまうが、少女めいた容姿をした干渉者は気にしていない。
「正確にはわたくしが異物ですけれども。辰美さん。わたくしたちは一心同体。調和がとれていないと、自壊してしまいますからね」
「やめて欲しいって?」
「はい。このままわたくしに任せていればいいのです。あの娘の気持ちが分かるのは、わたくしだけ」
やけに自信のある言い草に、辰美は悩んだ。
「でもさ、結局は他人じゃん。二重人格なんでしょ?」
「はい。ですが、わたくしも同じく、辛酸をなめた事があるからです。…それではお聞きください」
「えっ」
「特別な存在をご存知ですか?将来有望なカリスマのある、求められる存在。あるいは主人公のような存在。そうです。天津甕星は、特別な存在でした。この越久夜町という時空において天津甕星の"存在は特別だった"のですが、それは自分と同じ異物だという事だけ。受け入れられたのは、先に来たからです。わたくしも特別なのは変わりません」
芝居がかった口調で彼は言う。
「私は生まれた時から邪魔者でした。主人公に殺され、越久夜町では危険人物扱い。天津甕星は最高神に、とても愛されていました。この世で一番、醜い感情は何ですか?」
「えー?なんだろ?性欲?」
「わたくしが思うに、それは嫉妬です」
「はあ…」
羨み、妬む。無い物ねだりで、他人から奪おうとする。「貴方もおありでしょう?嫉妬が」
万人にあり、不平等な感情。
「わたくしと倭文神は嫉妬という共通点により、引き合わされたのです」
「嫉妬がなくなってしまったら、バラバラになるって言いたいんだ」
はい、とチー・ヌーは認めた。恥ずかしげもなく、焦りもなく。
「嫉妬だけではないのも事実ですが、そうです。倭文神は別人格といえどもわたくしに絶対服従なのでしてよ?」
それは嫉妬という感情と、逆らえぬ恩恵があったから。
「倭文神さんと会わせて」
「辰美さんとも一つになれると思ったのまですが、どうやら…」
「お願い!」
「どうせ、彼女はわたくしから離れられないのですから…」
やれやれ、とリアクションすると、くるりと回転した。
魔法のように素早く倭文神に変身すると、こちらに歩み寄ってくる。
「吾輩に何の用じゃ」
「四ツ岩トンネルまで同行してほしい」
「…はあ、同行するだけじゃぞ」
四ツ岩トンネルは越久夜町と蛭間野町を繋ぐ国道にあるトンネルである。入口には依蛭水処理センターがあり、出口付近には蛭依第二発電所がある───
有屋に会うまでは、国道に出向かなければならない。坂をのぼりながらアスファルトにできた蜃気楼を眺める。
「太陽神は…山の女神は己を異物であるのを知らず、そしてこの世界において独りであるのを知らない。哀れだと、吾輩は憫笑したのだ。このオンナが、自分と同じように独りだと知ったらどうなるのだろう?」
歩きながら童子はポツリと零した。
「春木さんが嫌いなの?」
「いいや」
倭文神は哀れみと興味にかられ、チー・ヌーは倭文神として太陽神に付き添う事にした。それだけだ。
「あら、意外に早いじゃない。水分が待ってるわ」
水分という単語を聞いて、彼女は歯を食いしばった。
「有屋、恨むぞ」
「勝手に恨みなさい」
「嫌じゃ!」
「ほら、行くわよ」
(子供みたい…)
岩のように身を固くするので、二人がかりで後部座席に座らせられ、シートベルトを締められる。
「もし逃げたら、貴方は百万年先まで意気地無しと呼ばれるわね」
「…」




