憐憫 5
役人に連行され、お説教の覚悟を決める。何せ後悔はしていないのだ。
簡素な応接室のソファに春木がしゃなりと座っている。威圧感のあるその姿勢からして、怒っているのだと感じた。
「もう二度とあのような事はしないで」
「すいません、本当に」
「…ダムの関係者なら蛭間野町へ無事に送るわ。別に辰美さんがあんな放送しなくても、私が見つけ出したのにね」
春木が緑茶を飲みながらため息をついた。
「見つける、って助けるじゃないんですか」
「その人たちが見つかれば良いだけだもの。死んでいてもしょうがないわ。山はそういう場所なのだから」
山はそういう場所だ。慣れた登山者や、山民でも滑落死するかもしれぬ。人の生死が重なり合う異界。
「私はあくまでも山を管理する神であって、博愛主義の全知全能の神ではないのよ」
「そ、そうですよね…」
「ま、済んだ事は気にしない。今回の騒動はこれでおしまい。辰美さんもお茶を飲んで」
「は、はい」
品の良い湯のみからいい香りがした。
高級そうな緑茶を口にするも、残念ながら安物との違いは分からなかった。
二日後。台風は過ぎ去り、また暑い夏がやってきた。自然災害による被害は少し出たが、死人は出なかった。あくまでも越久夜町では。
情報が遮断されているため蛭間野町や御厨底町の被害状況は不明だが、ダムは無事に持ちこたえたのだから大丈夫だろう。
有屋からお礼にキーマカレー十食分を買ってもらい、湯煎している時だった。携帯が鳴り、反射的に電話に出てしまった。
「もしもーし、水分だ」
「あ、水分さん。久しぶりです」
「例の件はありがとう。辰美さん、て言うんだっけ。有屋から聞いたよ」
「有屋さんと連絡取れたんですね」
「まあな!」
能天気というと聞こえは悪いが、カラッとしていて心地は良い人だ。
「有屋と約束したんだけどさ、四ツ岩トンネルまで来ようと思ってね。倭文神とも話がしたいんだ」
「倭文神さんと?」
「あたしは最初、力がある自覚はあったけど、無名の水神だったんだ。天王信仰が主流になってからは、牛頭天王として祀られて最高神になった。倭文神には悪いと思ってる。出し抜いたみたいな形で、疎遠になっちゃったんだ。だから話したい」
神にも人のような気持ちがあるのか。辰美は倭文神の厳しい口調を思い出し、複雑な気持ちになった。
「倭文神さんに、言ってみます」
「え、いいの?!ありがたい」
調子のいい人だな、とつくづく思うが水分の憎めなさが分かった気がした。
倭文神へ会いに星守邸に向かっていると、タイミング良くチー・ヌーが現われた。
「ごきげんよう」
スカートの端をつまみ、可愛らしく挨拶する子供。麗しい銀髪を風に揺らし破顔した。
「なんの用?」
「辰美。あなたは、あの娘に踏み込みすぎです」
優しい笑顔を浮かべたまま、彼女はいう。
「アナタ自身があの子じゃないんだ?」
「ええ、世にいう多重人格というものです」




