憐憫 4
精神統一するために一旦大げさに深呼吸する。椅子に座り、ポータブルテレビのチャンネルを合わせ、音量を上げた。マイクがハウリングを起こさないか心配しながらも、放送を開始した。
『ピンポンパンポーン』
辰美はディナーチャイムを鳴らした。町にいつもの防災無線が流れる。
『進路予想は昭和二十四年に上陸したキティ台風にそっくりです。えー、チチブ地方の皆さんは今からでも避難所に逃げてください。自治体や県は該当地域へ警戒レベル三を勧告しています』
繰り返される台風情報が越久夜町に流れる。暴風雨にかき消されている可能性もあるが、人々へ届いていればいい。
『また蛭間野町と御厨底町のダム作業員や職員が行方不明になっており、ダム放流の指示が出せないのではないかとも心配されていますが、どう思いますか?』
コメンテーターが何やら知識を並べながらも喋り出す。政府がどうだの、危機管理がどうだの。
汗をぬぐい、息を吐いた時だった。部屋の外が騒がしい。ザワザワと人の声が聞こえる。
「占拠している者、部屋から出なさい」
「ヒッ」
固まっていると、窓ガラスがスライドし、部屋に突風が吹き込んだ。
「うわ?!有屋さんっびっくりさせないでよ!」
「台風の予報を聴いて急いできたんだから!仕方ないじゃない!」
葉っぱだらけの有屋は町役場の、放送室から辰美をつまみ出した。
「勝手な事をしてくれるわね!貴方!この情報を町に流したらどうなるか分かってるの?!」
「だって!」
人だかりの渦中。何が起きたのか理解できない人たちが、何だ何だとこちらを見つめる。緊張していると、突然ザッと道が開いた。
「辰美さん、なぜその情報を知っているの」
「あー、そ、そのぉ〜」
町の頂点である天道 春木のおでましだ。タジタジの部外者へ更に詰め寄り、角に追い詰めた。
「貴方のしている事はフィクションなら許されるかもしれないけれど、現実では許されないわよ」
「ごめんなさい」
頭を下げ、その場しのぎに謝罪した。命拾いするためにはそれしかなかった。
「…先輩、タクシー運転手が外部の救急車を要請しています」
有屋がやってきて密やかに告げた。「何故かしら」
「あ、辰美さん!待ちなさい!」
いても経ってもいられず、外に飛び出した。
土砂降りの中、タクシーのおじさんと警察官の脇田さんが町役場へやってきている。
「遭難者を発見しまして!」
後部座席には三人の作業員が乗っていた。皆、ずぶ濡れで疲労しきっている。まるでこの世の終わりを見たかのように。
「脇田さん、あんた、本当に生きてるんか?」
「さっきから何言ってるんですか!この通りで、意識朦朧状態なんです。助けてやってください」
町役場の職員たちがわらわらと外に出て、三人を屋根の下へ運び出す。足を怪我した人には車椅子を持ち出し、座らせた。
「医療関係者なら日向さんがいます!」
慌ただしいさまを前に、辰美はホッとして壁によりかかった。
(水分さんが言ってた事業所の人たち、助かって、良かった…)
「貴方、何をしたのよ」
有屋が背後からどついてきた。「水分さんにお願いされて」
「水分が?…そう。電話、繋がったのね」
「心配してましたよ」
「…また繋がったら、お礼を言わないと」
「えっ」
彼女は不思議そうに眉をひそめた。
「水分が外部から干渉したのでしょ?」
「違います。倭文神さんが、ポータブルテレビで…」
「…。そう」疑心を含んだ気色で顎に手を当て、考え込む。
「辰美さん、春木さんが呼んでいます。応接室に」




