憐憫 3
この人ならざる者はまるでそこに合成されたように、影響を受けていない。雨に打たれているのは分かるが、服は濡れていなかった。
さすがだ。異界にいるはずの生き物は、まるでこの世界から弾かれているみたいだ。
「辰美殿こそ、なぜに外におるのじゃ」
「あー、その。用事があって」
二人はそれきり黙り込んでしまい、うるさい雨音だけが響いていた。
「…倭文神さん。水分さんを知ってる?」
「羽之、確かに御厨底町にそのような神霊はいたな。あのバカは山に頭を打ち付けて」
倭文神は何かと思もえばと、はぁ、とため息をついた。
「吾輩と違い、優遇された奴だった」
「同僚なんだ」
「まあ、そんなものじゃな」
「倭文神さんは土砂災害が起きたのをしっているの?」
その言葉に常に固定されている、諦め気味の表情が固くなった。
「ああ、あれは紛れもなく事実じゃのう」
「…そっか。水分さんが」
「みなまで言うな。…ついてこい」
重い足取りで彼は歩き出した。その後をついていくと、邸宅の裏口から侵入する。埃臭い室内は静まり返り、廃墟みたいだった。
「こっちじゃ」
ある一室に招かれ、入ると古めかしい豪華な様相に驚いた。貴族の部屋。そう表現するのがぴったりだ。
その一角に、埃をかぶっているポータブルテレビがあった。テーブルの上に、花瓶と共に置かれている。
童子はぴょん、とテーブルに飛び乗ると、ポータブルテレビを手で叩き、チャンネルを回した。するとお昼のニュースワイド番組が映り出す。
『小田原に上陸した台風は、そのまま関東地方を横断、その後日本海で帯低気圧となると予報されています。早めの対策をお願いします』
天気予報士がパネルに映る台風の説明をしている。
「あっ!越久夜町に直撃じゃん」
「ふん。吾輩には関係ない話じゃよ。山の女神のお力で越久夜町は被害など出ぬのであろう、放っておけばいいのじゃ」
「でも、蛭間野町や御厨底町は…」
「優遇されてきた奴らの事など気にしなくてよいのだ」
意固地になった倭文神は、電源を消すと絨毯に降り立った。
「辰美殿。家に帰り、台風が去るまでのんびり過ごすが良い」
「あ、倭文神さん…」
部屋を出ていった倭文神にポカンとしていると、ある事に気づいた。なぜ、辰美が水分に頼まれた内容を把握していたのか?
あの場に倭文神はいなかった。気配なら、人ならざる者が見える眼球が許さない。
「うーん、どうしよー」
(借りちゃっていいよね…)
蛭間野町──外の世界へ繋がる摩訶不思議なレトロなポータブルテレビ。雨合羽に隠して持っていけば、バレやしないだろう。
星守邸には現在人の気配はしない。今なら、できるのではないか。
上空で強風が吹き、窓ガラスが騒がしく音を立てている。この中を歩けるか不安になるが、一か八かやってみたいと思った。
万引き犯のように慌てふためきながらも、ほぼ無人の町役場へ到着した。ちらほら業務に当たっている役人もいるが、辰美は雨合羽を畳み、忍び足で放送室に向かう。
幸い気づかれず、鍵の開いたドアを静かに押し、入り込んだ。
「ハアッハアッ」
怪盗になった気分だ。緊張しながらも鍵をかけた。
「よし、やるぞ」




