憐憫 2
「そうだよ、越久夜町は土砂災害で…すまない。あたし、無神経なんだ」
「いつ、災害は起きたんですか?」
「六月だ。星守の坊主が搬送されて助かった以外は何も」
六月とは悪い魔法使いを退治した月だった。"越久夜町の外"では梅雨前線が停滞したうえに、遠く離れた海上の台風が低気圧になり、刺激してしまったのだという。
雨が降り続き、ダムが緊急放流をした。それだけではなく、土石流も起きたのだ。
確かに雨が降り続いていた時期がある。あれはその兆しだったのか。
「星守さんは元気なんですか」
「うん。元気に過ごしてるよ」
「そっか…」
悪者として一躍かっていた彼だが、星守一族の理由を知ってからは善悪で測れなくなっていた。ホッとしてると、バツが悪そうに水分は口を開いた。
「お前さ、頼まれてくれねーか?」
「へ…」嫌な予感がする。
「隠密に、あたしの願いを聞いて実行して欲しいんだ。ほら、今さ、台風が来てるだろ?悪ければカスリーン台風級かもしれないんだ。外部と連絡が取れなければダムが決壊する場合がある」
「ラジオは通ってますよ」
「そりゃー良かった。こっちは土砂災害から学んで、ダムを強化しようとしてる最中なんだ。けど、連絡が通らなくなってる」
越久夜町の上流にあるアーチ式コンクリートダム、越久夜ダム。よく放水のためのサイレンが鳴るが、辰美はダム湖へは行った事がなかった。
「あのバカ、ひきこもっちまってよ。断交状態だったんだ。よくウチの町の人間も神隠しにあって、困ってんだ」
あのバカ──最高位の神霊である天道 春木を"バカ"呼ばわりできるのは、この人だからだろう。
「どうにかして、時空を蛭間野町や御厨底町に繋いでほしい。それか外部の因子を紛れ込ませるだけでいい」
お願いだよ。彼女は本気で頼み込んでいる。
「土砂災害が起きてしまった事は覆せねえけど、これからの事はまだ間に合うんだ。人間さん、よろしく頼むよ」
通話状態が悪くなり、ノイズが走り始めた。やがてビジートーンが鳴って切れてしまう。
辰美は携帯を眺める。登録された携帯電話番号ではなく"使用不可"と表示されていた。
世界を救え、と無理難題を押し付けられたくらいのアバウトさにため息がでる。
押し入れから雨合羽を取り出し、とりあえず町役場に向かう事にした。
(町役場に行けば有屋さんいるかなー)
有屋に訳を話して責任放棄してみるのも手である。
「とりあえずメシ!飯メシ!」
カレーを食べ終わり、外に出る。思いのほか暴風雨が深刻だった。
こんな日に外出している輩はおらず。辰美だけが道を歩いている。
町役場に向かう途中、星守邸宅を通りかかった。あれから固く閉ざされた屋敷門が僅かに開いていた。
暴風で開いたのかもしれぬ。だが、胸騒ぎがした。
無断で門を潜り、扉を閉めた。ふいに視線が紫色を見つける。童子姿の倭文神が庭先に佇んでいた。雑草が覆い尽くそうとしている庭を、ジッと見つめている。
星守はあちら側に行ってしまい、いないのだ。主のいない邸宅はひどく劣化して見えた。
「こんにちは。吾輩さん」
「ああ、辰美殿」
「台風が来てるのに、危ないよ」




