小さな村、おくやまち 9
「天津甕星を餌付けしないでくれる?」
「餌付けというより、買わされてますよ」
「いい?神威ある偉大な星はおぞましい神よ。あれのせいで町は一度滅びたのだから」
有屋はああ、嫌だと眉をひそめて付け加えた。
「あの悪神は前の代の最高神に執着していたわ。姿も真似て…いえ、元からあの容姿だったかも?いや…真似る前の姿形は伝えられていないわね。…それより、存在していたのかしら?」
「怖い事言わないでくださいよぉ」
「なんと言えばいいのか、すっぽり抜け落ちているわ。こうなると神霊であったのかも怪しいわね…」
考え込む秘書は必死に町の記憶を探っている。「消されたみたい」
「消されるもんなんですか」
「まあ、記憶なんていくらでも足し引きできるもの。文句は言えない」
「確かに」
「私は先輩より少し後に権現したのよ。だから神代以前の町の状態は知らないし…多分ね」
多分、という言葉に頼りなさを感じて沈黙が降りる。コンビニエンスストア専属のラジオ番組の、ハイテンションな、耳障りな声が店内に響いていた。
「──そういえば貴方の存在を解析させてもらったわ」
「勝手すぎるよ!」
「私は神よ。人間である貴方に拒絶理由は無い」
「神、ですか」
「そうよ?神さまなんだから」説得力のない威張りに苦笑する。
しかし有屋はどこか暗い瞳をしていた。
「麗羅は地球の中心になったのね」
「…うん」
「知っていたの?」
「最初に」
「そう」
──全知全能の神。エベルムはそう言っていた。
「麗羅…貴方を見捨ててごめんなさい」
悔しそうに彼女は呟いた。
「あの子が全知全能なんて、有り得ないのに」
地球においては、地球を司る神は、全知全能の神であると、有屋は言う。
宇宙を創成した"月の子"─天之御中主神──とも呼ばれる──に選ばれた女神であり、それを司り、地球生命体全ての源であり輪廻をさせる。
地球の神は女性的な要素を持つ存在である。数多の魂から"月の子"に選ばれ、生命体に生という夢や陶酔─苦しみを見せるともいう。
全てを忘れさせ、再び輪廻へと導く。月の子の作った世界──月の都、月の世界にいるともされる。
「あのメンタリティで彼女が背負いきれるとは思えないわ。…あれは仙名 麗羅を指していたのね」
「あれですか?」
「ひとりぼっちの女神という世界創世の神話があるのよ」
──巨人が作った世界に、ひとりぼっちの女神が現れた。
創り出され放置されていた荒涼たる星でたった独りの女神が、新しく生まれた世界─"地球"という星の天地に生命を生み出す。初めて地球を支配する人類が生まれるが、それは不完全なモノだった。
「ひとりぼっちの女神は、あの子だった…はあ、やるせない。…ああ、やる事がいっぱいで頭が混乱する…倭文神はいけ好かないし、越久夜町の神々をまとめるのに精一杯だし…」
「あの人、嫌いなんですか」
倭文神が干渉者に食われてしまったと彼女は知っているのだろうか。きっと知らないに違いない。
「ええ、倭文神は山の女神をそそのかしているわ。私は気づいている」
「…。有屋さん、それを誰かに話した事は?」
「あるわよ。だけど誰も信じてくれなかった」
「そんな」
「大丈夫。越久夜町では信じてもらえなかっただけ。隣町の神々には、多少相手にされたから」
「蛭間野町の太陽神と御厨底町の水神が共有してくれた」
「へえ」
「二柱とも最高神よ。それだけで十分だわ」
「すご!」
「シッ!声がでかいわよ」
ジェスチャーをされ、慌てて周囲を見渡した。誰もいないが、田舎だ。どこでどうなるか分からない。
「倭文神と、うろちょろしている犬がいる。それの動きを止めるには、隣町と時空を繋げなければならない」
「う、うん」
「ある理由で越久夜町は断交状態なの。隣町と繋がったら、ルール違反になる」
ヒソヒソと耳打ちされ、緊張する。もしバレてしまえば命が危ないのかもしれない、と。




