瞑瞑裡の鼠 「ねのくにの路」
「いつ悪い魔法使いが来るかわからないし、一応護身用として…。」
枕元に防犯ブザーと携帯を置いた。祖父とはまた明日詳しく話すだろうし、寝込みにもしもだが悪い魔法使いがやってきたら通報するしかないだろう。一応人であるだろうし、部屋の戸締りは-よくある古き良き二階建ての民家である-きちんとして来たし、勿論自分の部屋の鍵もしめた。
そこまでしたのだからガラスが割れたり、騒音がしたらご近所さんや両親も飛び起きる。そう願うしかない。なんだか子供の頃に怖がっていたお化けみたいだな、と苦笑しながら電気を消した。
「おやすみなさい。」
ネズミかハクビシンか、天井裏でドタバタと騒々しい音がする。夢現に大事になる前に業者さんに言わないとな、とつらつら思考をめぐらせる。
―――
暗闇の中に一匹。何かがそこにいる。
人面羊が不意にこちらを向いた。菩薩様のような、この世の全てを許容するかんばせ。これまで会った不思議な生き物のどれよりも神々しく、恐ろしい。(-神さま?)
夢の神様だろうか?何故バクではなくヒツジなのだろう?夢だからか。でも吉夢をさずける神様は本当にいたんだ。
(ヒロミちゃん。)
名を呼ばれて目をこらすと、羊は人になった。二十代後半の愛嬌がある女性だった。彼女は寂しげな笑みを浮かべたまま、こちらを見ていた。
(アナタの結末が─無明を彷徨い歩くとしても、私は見守っているから。だから)
(あの子をよろしくね。)
誰かに先導されて闇の中を歩いていた。「誰か」は時折こちらを見てついてきているか確認する、そんな夢を見ていた。不思議な服装をしていた。高貴な紫色の和装のような、そうでないような…。下げ角髪をしたその「誰か」は手招きをした。
夢を見ている。
夢の中で夢だと自覚するのは珍しくはない、ヒロミにとって日常的であり、それが特異だとも思っていなかった。
まるでここは地下のトンネルだと意識が言う。そうか地下を通っているのか、ならそろそろ出口がある。手探りで前へ進み、ふっと視界が開けた。
山の合間にあるあの小さな田舎町。ポツポツとまとまって建っている民家に挟まれた路地にいた。
夢路を恐る恐る歩いていくと標識灯があった。どうやらここは例の悪い呪術師が巣食う町にそっくりな、夢の世界みたいだ。
なかなか精巧に造られていて、歩くと靴音が反響する。アスファルトに落ちたゴミクズだって垣根で身じろぎした野良猫も現実世界と大差ないのである。これでは夢というより異界だ。
バーチャルリアリティ。そんな言葉がぴったりである。ただまとわりつく空気はあの田舎町で感じた長閑さではなく、陰鬱としたものだった。
負のエネルギーというべきか。街灯のみが煌々と輝くその町並みは、やはりどこか異質である。
「この町を呑み込むつもりかい。」
囁くような噂話がどこかから聴こえてくる。こんなにリアリティをもって存在している夢の迷宮をうろいているのは悪鬼か狐狸か。ヒロミは身構えて、そっと声の主へ歩み寄る。
鬼だったらどうしよう?鬼っていったいぜんたいどんな姿をしているんだろう?とりとめのない想像をしながら、その場に躍り出た。
「あれ?」
ちょこんと毛並みのいい狸が佇んでいるだけである。
(空耳だったのかな?)
「おや。聞かれていたみたいだね。こんにちわ、ヒロミさん。」軽く頭を垂れ、狸は礼儀正しくこちらの名を申してきた。
「こ、こんにちわ!えっと、よく出来た……ロボットですわね!」
「私が茶汲み人形とでも思っているのかい?ははははっ噂通りに面白い子だ!」
ケラケラと笑うのは正真正銘この狸であって…ここは夢の中。何があっても不思議はないのだ。と、ヒロミは己に言い聞かせ謝った。
「ごめんなさい。わたくし、えっとぉ…なんて話していいやら。」
「ああ、そんなに緊張しなくていいよ。お互い初対面だとはいえ、面識はあるのだから。」
「はあ。」
感想待ってます。