小さな村、おくやまち 6
「花火大会、見水さんから聞いたわ。先輩はOKを出したけれど、花火をするには消防団に許可を貰わなければならないのよ。余計な仕事を増やさないでくれる?」
(アタシが発案した訳じゃね〜し)
有屋 鳥子からのメールにムッとしたが、夏休みのイベントみたいで反面、ワクワクしている自分がいる。
「私もびっくりしました笑、と…」
メールを打ち込み送信しつつ、夢の中にまたあのクマが出てきたのを思い出す。毎度夢に現れるようになると、こちらのメンタルが持たないかもしれない。
──自分は待っている。
クマである人ならざる者は言った。自分は辰美ではなく、麗羅と認識されているからか。
竹虎が現れたのと何か関係があるのだろうか。
「二度寝しよう…」
「おはよう〜」
天津甕星がにやにやと、小窓からひょこひょこと顔を出していた。
「なに?」
寝ぼけながらも部屋にあげる。暑い空気が既に部屋を暖めだしていた。
「うわーっ。あっつ」
「エアコン買えないから…あ、そうだ。アンタが好きそうなアイス買ったんだわ」
「マジ!ありがとう」
シャーベットアイスを半分、天津甕星にやった。
パクパクと食べ始めた少女を眺めていると、窓から熱い風が吹いてくる。
「夏はやっぱりアイスだね〜」
「人ならざる者もアイス食べるんだ」
「じゃーさ、辰美ちゃんはアイス食べた事ないのぉ〜?」
「そりゃたべてるわよ」
「ワタシも一緒だよ〜〜ん。ヒトがアイスを食べたら、わたしも食べてんの。存在がないのってそーいうんだよ」
意味が分からない。汗を拭って、入道雲を眺めた。さすがに八月にも慣れてきた、かもしれない。
「アイス、お腹壊すからあんまり好きじゃないな」
「暑かったら食べたくなるでしょ」
「まーね」
もくもくと増えていく雲はどこまで広がっていくのだろう。この野次馬が消えたら、シャワーを浴びようと考えていると
「辰美ちゃん、後悔してんの?」
「は?」
「辰美ちゃんは辰美ちゃんなの?」
「…分からない。けどさ、自分が自分じゃないなんて有り得る?自分を決めるのって、誰なんだろう?」
アイスを口に含む。甘ったるいソーダの味が舌に溶けて冷えていく。
「自分を決めるのはね、自分じゃあないんだよ。だからね──辰美ちゃんは辰美ちゃんを奪ったんだよう」
「…そうかな。だとしたら辰美、さん、怒ってるかな…」
「憎いだろうねー」
「私、辰美さんに謝りたい。干渉者の親玉になっちゃうくらい、悔しいんだろうなって」
「…。寄生蜂って知ってる?蜘蛛やイモムシに寄生する蜂」
「知らない」
「あのね、寄生された虫たちは操られて最後は蜂の幼虫に食べられちゃうんだよ?」
このおバカな女子大生は蜂というとスズメバチやアシナガバチ、ミツバチしか知らない。
「そんな怖い蜂がいるんだ」
「蜂だけじゃないよぉ、菌とか色々操って食べちゃうヤツらはいるんだよ。」
「ふーん、博識なんだね」
「辰美ちゃんがバカだからねえ──でさあ、あの子は、干渉者は。それに似てる」
「吾輩さん?」
「吾輩?いいや、アトラック・シンシア・チー・ヌー」
天津甕星が平生とした様子で言う。
「オレぁ何回も何回も対面したが、アイツにしてみればどれも同じさ。ここいらを歩いている蟻ンこの名前も顔も覚えてるか?」
辰美は首を横に振る。ループもののフィクションの、果てのない、主人公の気持ちを考えるほど荒唐無稽な事はない。
「ムカつくが、アイツにはしてやられた過去がある。倭文神にぶっ倒されたッテのあるが、アイツに存在を奪われたのが痛いな」
「え、倭文神さんだけじゃないの?」
「思念体というべきか、俺も最初はそうだがねえ。ああ、説明されたかなぁ?端折るけどアレらはヒトに取り憑いて存在を我がものにするんだ。干渉者は、寄生して増えるんだ。自分がないんだよ」
「自分がない…」
「辰美ちゃんみたいだね〜?」
「ヒドイよぉ…」
「落ち込まないでぇ。わたしもかつてはソレだったんだぁ。悪い宇宙人で星神だったけど、好きなヒトに成り代わりたかった─覚えてる。因果応報、自業自得さ」
神威ある偉大な星─天津甕星は、存在を奪われてしまった。
アトラック・シンシア・チー・ヌーに。




