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開闢のミーディアム ~人ならざる者が見える辰美の視点~  作者: 犬冠 雲映子
ツギハギの町と憐憫たるスナッチャー編
246/349

小さな村、おくやまち 5

 深夜二時の静かな空気の中、自動販売機の運転音だけが響いている。どこかノスタルジックなそれに、辰美は密かに息を吐いた。

 硬貨を入れ、甘い果物味のジュースを選ぶとドスンとペットボトルが降りる。


 その静けさに溶け込まぬ、ジャリ、という誰かが砂利を踏む音がした。

 異様な気配にハッと振り向くと、街灯にずんぐりとした塊が照らされている。

 熊だ。


「ヒュッ」悲鳴をあげぬよう口をつぐむ。

「──ライラさん、こちらです。こちらに来てください」

 山から降りてきたツキノワグマではない、あの人ならざる者の熊だ。


「あ、あの」

 熊はのそのそと歩き出してしまった。怖がりながらも後をついていくと、魔筋にたどり着いた。

「どこへ向かってるんですか?」

 堪らずクマに話しかけてみた。

「龍穴です。そこでなら、私も本来の姿になれる」


(本来の姿?この人、人ならざる者じゃないのかな)


 経由して、龍穴に向かう。

 くねくねと蛇行した不思議な、今までにない魔筋を通り、たどり着いたのは"神域の起点"である祭壇だった。

 月世弥と対峙した時よりも風化しており、自然に呑まれつつある。


「あの」

「ここは"地球の入口"」


 ──龍穴とでも言えばいいか?エネルギーの起点になる。最高神はこの地のエネルギーを手にして、支配してるんだ。

 辰美はエベルムの言葉を思い出した。やはり"神域の起点"はただの祭壇ではない。他の地域にとっても大切な場なのだろう。


 クマは嬉しそうに握手を求めてきた。しかし凶暴な爪に、辰美はソッと触れるだけにした。

「麗羅さんが見つけてくれて、とても嬉しいです!」

(アタシは麗羅さんじゃないんだけどなぁ…今は…)

 内心否定するが、どうやら彼女には自分が麗羅に見えているらしい。


「…麗羅さんは私の人生の恩人なんです。けど…悔やんでいます。麗羅さんと、もっと、まともな人生を送れなかった事を。"普通の世界"で真っ当に生きたかった…。ううっ…すいません、泣いちゃって…」

 鼻声で彼女は笑って──みせているに違いない。泣き虫をはぐらかした。

「あの…ヒジョーに申し訳ないんですが、人違いをしてますよ」

「えっ?!だって!」

 辰美は困惑しながらも、真実を告げる事にした。

「私は麗羅さんの記憶を持っているけど、佐賀島 辰美なんです。アナタを、知らないんです」

「ライラさんじゃない…?意味が──」



 いきなり暗転し、気がつくと自販機の前にいた。白昼夢──夜なのに、幻を見ていたのか?

(私は魚子さんを認識できなかった…)

 人間としての、親しみのある知人として彼女を可視できなかったのだ。悲しいような、安堵するような気持ちがわだかまっていた。




「あ、辰美!どこいってたのよ」

 午前中の事だった。珍しく寄ってみたコインランドリーからの帰りに、見水 衣舞(いま)と出会った。


「見水…久しぶり」

「フィナンシェ作ってみたんだ。試食して欲しくてアパートに行ったら留守で」

 紙袋を渡してくると、呑気に笑ってみせた。

「ごめん」


「いいよ、私も電話とかすれば良かったし」

 二人で自販機で買ったジュースを飲みながら、黄昏ている。フィナンシェを分け合い食べた。甘くてやけにバターの風味がした。

 ヒグラシのもの悲しい合唱を耳に、冷たい炭酸を喉に流し込む。山奥とはいえ暑いものは暑い。


「辰美さ、課題してる?」

「あー…まったく」

「あはは!辰美らしいや」

 卒論の話をして、他愛もない冗談や世間話をする。お互い暗い話題は避けながら。

「私たち、前もこうしてた感じがするね」

 空を見上げながら彼女は言った。大学で知り合い、こうして夏休みを共に過ごしたのはこの年が初めてだった。


「見水が高校にもいればよかったのに」

「…そっか。私は、そうは思わないけどな」

「なんで?」

「私たち、大学で出会えたから、辰美として会えたから良かったんだよ」

「えっ、み、見水?」


「──緑さんや有屋さんたちと花火大会しよう!」

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