小さな村、おくやまち 4
悪びれる様子もなく、彼女は車に積んである野生動物の遺体を取り出した。アライグマだった。
「面白いよねえ。こんな狂った町にも、外来生物がいるなんて」
毛並みが荒くなった死骸を無造作に袋につめる。
「…」
「虎とクマがウロウロしてる。気をつけて」
楽しそうに歪んだ笑みがとてつもなく胸糞悪かった。
町中を探したが緑はいなかった。小林骨董店にも、町役場の裏にも、星守邸宅にも。庭にある書斎に蔵にこもっているのだろうか。
(リネンさん、まさかわざとじゃないよね?)
これまでベストタイミング──とまではいかないが、辰美が苦悩したり、突き当たったりした時、必ず現れた。まるでどこからか見ているかのように。
リネンは何かを遂行するために妨害したり、随行したりしているのではないか?
いや、心を逆立てるようなやり口が気に入らない。きっといたぶって遊んでいるに違いない。
「いたっ!」
ムスッとした気持ちで歩いていると、いきなり左腕が熱くなり、そこでハッと異変に気づいた。
何かに囲まれている。
タヌキがぞろぞろと垣根から、塀から、電信柱から現れた。
皆、黄緑色の瞳を敵意、警戒心で滾らせている。人ならざる者だ。
辰美は後退りながらも逃げ道を探す。背後にもタヌキたちが居座っている。
「ど、どうしたの?タヌキさんたち…」
「辰美さん、久方ぶりです」
三ノ宮が待ち伏せしていたのか、フッとどこからか現れた。気配を察知させない動きは獣に似ていた。
「これ以上、緑さんの、祖父の過去を探るのはやめて欲しいのです」
「緑さんを欺いていたくせに?」
「悪いとは思っていますよ。小林家の、祖父の件は緑には黙っていました。話したら、光路さんと同じ道を歩み事になりますから」
「…」
「知っていますか?イヅナという人ならざる者を」
「うん。知ってる」
「イヅナを?真に?」
「何が言いたいの?」
イヅナとは飯縄権現と関わりがあり、修験者たちに重宝された使い魔の象徴だ。例に漏れず小林家は中世からイヅナがおり、人ならざる者である妖獣人一族というわけではなく、イヅナ獣人と手を組んだ一族となのだ。
「イヅナは─犬神のように殺生石から分裂した姿──強敵であり、大きな力を持つ人ならざる者の成れの果てなのです。とても危険で手に負えない」
手を組んだ、契約した一族は破滅に向かうが、"憑き物の使い"になると人間も長命になっていく。
「緑さんが人外へ進むにつれ、本来の力と姿を取り戻していく…それは避けたかった」
ニコリと胡散臭い笑顔で彼は言った。普通ならば憂いたり、緑を心配するのではなかろうか。
不自然さに気圧されていると彼は握手を催促してきた。
「君も越久夜町の者になるといい。秘密を共有する立場になるんだ」
「い、嫌です!」
さらに後退り、辰美は拒絶した。
「使い魔を使役している人間は魔性だ。深く関わってはいけない。緑さんや、僕にもだ。…分かったね?」
タヌキたちの包囲が狭まり、これでは最悪殺められてしまうかもしれない。ならば仕方なくこちらも武力をチラつかせるしかなさそうだ。
包帯を外し、獣の腕を見せつける。
「道を開けてくれなきゃ、この爪で引き裂きますよ」
「意外と野蛮だね。君は」
お手上げと両手を上げ、彼は道の端によった。




