太虚の虎 7
外見の割に大人気なく拗ねてみせたユートゥーに、申し訳ないと謝ろうとしたが「大丈夫よ」と止められた。
「私は鳥瞰者。何でも知っているから」
どこかで聞いた謳い文句に胡散臭さを感じるが、本当なのだろうか。
人とケモノ。大人と子供。日常と異界。ちぐはぐな印象を受ける彼女からはジャスミンに似た匂いがした。
夜に咲き薫る清廉な花を思わせる。有屋 鳥子や天道 春木の匂いより心地よかった。
「私の存在を外部に話さない事。いい?」
指切りげんまんをさせられ、辰美よりも月世弥に興味が移ったのかすぐさま蚊帳の外になった。
ユートゥーと月世弥は何かを話し合っているが、己は聞く気にもならなかった。
それよりも言われた言葉に深く傷ついていた。偽物。
偽物はいけない存在なのだろうか?
「夜の神にあたる次の神霊を選出するそうだ」
「へえ、月世弥さんがいなくなったから?」
「そんなとこ」
「…」
「辛気臭い顔をするなよ」
ボロアパートの前まで来ると、月世弥の体が実体を伴わなくなる。半透明な彼女を蛍光灯が照らしている。夢の中みたいだ。
「ユートゥーの言う事はあんまり気にするな。イタズラ好きなんだ、アレは」
「うん…あ、あのさ!麗羅さんとも会える?」
「は?」
「麗羅さんと話したいんだ!お願いっ!」と辰美は月世弥に頼み込む。
しかし彼女はそれを否定した。
「自らの異能であっても太虚にはいけないよ。堺の神や太虚に関連する者は皆、"月宮鏡"を所持していると言われ、太虚に行けるのだと伝えられている。選ばれた者しかいけないんだよ」
「そ、そっか…」
「例え行けたとしても月宮鏡を手に入れなければ、正気を保てないのではないかな?」
加えて地球の神である麗羅とは話せる立場では無い。ただの地球人なのだから。
「そっかぁ、でも月に住むウサギに会えるなんてすごくない?」
「人ならざる者ならば皆どれも同じだろうが」
選ばれた者が言う言葉はひと味違う。
太陽に住むという烏。月に住む兎。空を飛ぶ龍。野を駈けるキツネ。
皆、魔法を纏う摩訶不思議な生き物だ。
自らの手を眺め、自分にも魔法がかかっていたらな、とセンチメンタルになる。
「夜の神。夜は闇、黄泉、様々な連想ができるだろうけれど…そうそう、前代は星神だったか。月を動かしていたな」
「だからユートゥーさんが関わっているのね」
「ああ」
──星の神であったが月神に変化してからは、不死、霊魂の永生と転生を司り、救済を体現する為にいた。
太古の昔、言語化される以前の神だった。
人間の姿を模している時は中世の歩き巫女の格好で、三十代くらいの女性で優しげな表情をしていたという。
柔和で平和を好む性格で、嫌われ者だった天津甕星に手を差し伸べた。
月世弥にそっくりな外見をしていたのだとも。
「夜の神にあたる次の神霊を選出すると言ったろう?」
「うん。夜の神がいないとダメなんだ?」
「"月の子"からしたら、夜は体の一部みたいなモノだからさ」
「はあ…」
「ま、あんたには関係ない話しだ。さ、朝が来る前に二度しよう」
「え、月世弥も寝れるの?」
人ならざる者が睡眠を必要するのか疑問だが、疲れきっているのは確かだった。
「じゃあ、おやすみ」