太虚の虎 6
ウトウトしていると真上から声がした。
「タツミ。出かけるよ」
「んにゃ…どこに?」
「魔筋」
月世弥の青白い肌が月明かりに照らされ発光している。いつの間にか電灯が消え、部屋は薄明かりに包まれていた。
辰美は揺り起こされ、仕方なく目を覚ました。
「どうしていきなり」
「約束しているんだ」
「春木さんと?」
「まさか!私の言う通りにしろ」
脅され、渋々外に出る。真夜中の冷たさに身震いしつつも、月世弥の後に続いた。
ボロアパートからすぐ近くの、猫が好みそうな狭い道へ入る。
「月世弥さんの他に魔筋で生活してるヒトいるんだ」
「いるだろうね。そりゃ」
簡単に魔筋へと移動できるようになるが、ただし過去に月世弥が作った道。
「あんたに憑依してからは、状況が変わって、人ならざる者が活発になる夜の時間帯にしか行けなくなった。この時間しかないんだ」
「ふーん…」
納得いかないような、するような。辰美は必死に後をついていった。
「この先、口外禁止」
月世弥がそういうと魔筋の先がない、行き当たりにやってくる。永遠に続くと思われた迷宮に、行き止まりがあるとは。そこには古めかしい街灯だけで通常の魔筋とは異なっていた。
「ぎゃ!びっくりした!」
電球の温かな色に照らされた、コートを羽織った不思議な女性がいる。よくメディアで取り上げられている、インディアンやシベリアのシャーマンに似ていると思った。
呪術的な意味を持ちそうな刺青の刻まれた目元や体が、コートとちぐはぐで不気味だ。加えて上半身は女性だが下半身は朱色の毛並みの、ウサギだった。
人ならざる者。彼女は人間ではない。
「…私はユートゥー・ノーモースター・スアヲルシィ。あなたは佐賀島 辰美」
「は、はい」
「迷い込んだのは、偶然の賜物かな?それとも誰かに仕組まれたものかな?」
「怒るなよ。顧兎」
「はは。勝手につれてこないでよね」
「訳があるんだ」
月世弥はユートゥーを知っているらしい。
「月世弥だから私は接していたの。辰美には会う資格がない」
「ど、どうして、…ですか?」
「まず私は顧兎という生命体。顧兎とは月に住むウサギ、それだけ。月に住む生命が地球の生き物に触れてはいけないの。それに──辰美は偽物だから、それくらいしか教えられない」
「偽物って!そんな酷いこと言わないでよ…」
ユートゥーは首を横に振り言う。
「紛れもなく偽物。あなたを構成している素材が麗羅だから、人としての魂がないんだよ。魂は地球という星で必ず一つ与えられるもの。だけど、辰美は麗羅と同一のために与えられないんだ」
地球の神は空っぽの辰美に、本物の「佐賀島 辰美」の目を埋め込んだ。
「カオスの源を埋め、麗羅は人類から選出された分際で"人を作る神"の真似事をした。宇宙での罰が生まれ、辰美は初めからペナルティが課された」
「…私に、目を」
──だから佐賀島 辰美としての生涯を終えられない。
すぐに辰美が、わずかでも自分が偽物だと気づいたら危うい状態になってしまう。消えてしまうのだ。
消えそうになったら白紙に戻して、やり直す。麗羅は何度も何度も辰美を作り直す羽目になった、と。
「辰美。消えそうにならないでね」
「怒るなよ。みっともないぞ」
「ふんだ」
「あの…」
どうやらお冠のようだ。子供っぽくムッとしてそっぽを向いてしまった。




