瞑瞑裡の鼠 「ヒロミと祖父」
家に着くや母がお冠の状態で出迎えてくれた。オロオロしている父が慌ててリネンに頭を下げる。過保護な所がある母はこうなると誰にも止められない、口答えするのなら地獄をみる。黙って従うのがベストだ。
「自転車盗まれちゃったみたいで。」とリネンが宥めながら、娘を引き渡す。町であった出来事を話さないのは、やはり彼女も町の者なのだと心のどこかで納得する。身の保身か、それとも母への配慮か。
田舎というのは人間関係が密接であるから、仙女のような彼女でも町にとって好ましくない情報を流すのは控えたのだろう。栄えた市出身のヒロミには頭では理解出来るけれどなんだか違和感があった。
それよりもあの危険地帯に戻って大丈夫なんだろうか?
翌朝になったらゾンビまみれな世界になっていたらどうしよう。
くだらない心配事をしながらリネンを見送った。
「おじいちゃんは?」
「寝てるに決まってるじゃないの。怒っても悪びれもしない!」
自分のことしか考えていないんだから。母はプンプンと怒りながら話を飛躍させ、ついにはヒロミを説教した。このご時世物騒だからあんな人気のない山奥に行くなやらもう祖父の真似後はするなやら。真似後ではない、修行中なのだ。
自転車では大変な道のりを祖父らは歩いて通ったにちがいない。呼ばれればどこへだって…。自分だっていつかは福を売る魔法使いになる。あれくらいでへこたれたら魔法使い達に笑われてしまう。ヒロミは反論せず、「ファンタジー」の世界へ逃亡する。
魔法使いが魔法をかける所をみたことはないが、きっと魔法は存在する。なんせ悪い魔法使いがいるのだ。
(お母さんやリネンさんは違う世界の住人だから。だから…)
しょんぼりと廊下を歩いていると寝ているはずの祖父が待ち構えていた。説教だろうか?
身を固くして叱られるのを待つ。けれども祖父は静かに言い放った。
「お前は見られたんだ。」
「えっ」
「奴はお前を認識した。見逃しはしないだろう。覚悟しなさい。」それだけ言うとのそのそと寝室へ引き返していく。
「どうすればいいかな…?わたし、なにも出来そうにないよ…!」
「我々は吉夢を売る一族だ、魔法使いだ。御先祖さまが助けてくれるかもしれん。」
「そ、そっか。」
「だが夢札売りなど到底抗えるはずがない。他人を、生者を害するまじないはもう誰も使えはしないからな。…後は身を任せるしかない。ヒロミ-」
「悪い魔法使いのことを知ってるの?」
「…。虫の知らせだ。…祈っている。お前が無事であることを。」
何か言いたげで重重しい口調であった。祖父に未来予知などという力はない、もしかしたら悪い魔法使いの悪行を存じ、急遽寺へ向かわしたのかもしれなかった。あくまで夢札売りとして孫を送り出した。
だからといって祖父だって孫を利用しているわけではないのだと知る。
厳しい教師のように諭し、孫と言うよりは跡継ぎとして接してくる祖父をヒロミは尊敬していた。
夢札売りとしてヒロミを見ていてくれる、伝統を継ぐ者として見込んでくれているのだ。
母からしたら孫を危険に放り込むなんてどうかしてる、と激怒するだろう。
ベテラン魔法使いの祖父の祈りが強ければいいな、と心の中で独りごちた。
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