太虚の虎 5
「なにそれ」
「スマートフォンってやつだ。どっかの時空では普通に普及してるぜ」
「あ、流行りだしたヤツ…だったっけ」
「まあこれは宇宙用のスマートフォンだけどな」
器用に画面をタップする様を眺めていると、気持ちが乖離する。ただ夜に鳴く鈴虫と必死な蝉の音だけが鼓膜を揺らす。
「メイドイン地球のは圏外なんだよ。最高神さんが越久夜町っつー天岩戸に閉じこもっちまったおかげでな」
「隣町に行けなくなってるの?」
「おうよ」
そうだ──秋は来ないのだ。
「金欠なんだろ。奢ってやるよ」
腰を上げ、エベルムはぼんやりと光っている自動販売機へ向かう。
「何企んでるの?」
「企んではないさ。ただオフレコで話に来ただけだよ」
「はあ?」
自動販売機から当たりが出たのを見て、天の犬は自販機が祝福してくれてるぜとバカにする。
「さてと、一息つくか」
エベルムと缶コーヒーを飲む。
甘いだけのコーヒーは舌の上に残ってあまり気持ちのいいものではない。しかし久しぶりの缶コーヒー独特の味がどこかノスタルジックにさせた。
「地球人は無駄なものばかり作るよな」
「…うん」
「この時空を存続させるために、お前やそのまた違う者へ呼びかけているのだよ」
打ち明け、コーヒーをグビリと器用に飲んでみせた。
「緑さんに手を出さないで」
「ふん。緑って輩はあんたの所有物なのかい?」
「いや、違うけど…」
口ごもった辰美に、なんて事のないように彼は言う。
「時空を存続して欲しいと言われたんだ」
「あの、…麗羅さんに?」
「いや、かつて俺が呼びかけた者の一人さ。失敗に終わる時空の一つだった。アイツはひたすらに前を向く、馬鹿なヤツだったけどまだその頃は小気味よかったね。ソイツに言われたんだ、越久夜町をハッピーエンドにして欲しいとね」
「あたしと同じく?」
「そうさ。だが俺にはそんな義理はない。奔走する気にはなれなかった。見捨てたんだ」
虹色の瞳に街灯が映り込む。
「罪悪感がないと言われたら、嘘にはなる。俺だって人間どもが言う心をもちあわせてる。善悪だって、持ち合わせているつもりだ。それでも、どうにもならん時がある」
宇宙人だからといって、精神や思いやりがないとは限らないのか。同じ生命であるのは変わらないのか。
辰美は犬に似た生命を不思議がる。
「…時空を存続し、俺にはやりたい事がある」
決意に満ちた横顔を傍受する。やりたい事──彼にもあるのだ、と辰美は感心した。
「叶えたい願望があるんだ」
いつもの、おちゃらけた様相ではなく大真面目に言い放つ。
「宇宙人にもそういう感情があるんだ」
「あたぼうよ。そりゃ生命だからな…─佐賀島 辰美。お前は辰美であり続けるんだろう」
「えっ、いきなり何よ。まあ、私は私でしかないもん」
「その調子を終始保ってくれよ」
「怖い事言わないでよ…」
「二度目になるがね。俺の名は不名誉だが─宇宙ではアルバエナワラ エベルムって呼ばれている」
「へえ。アルバエナワラ…?変な名前」
「言ってくれるじゃないか。自分に名前がないっていうのは寂しいもんだろ?お前は佐賀島 辰美。それがなけりゃ、辰美だと認識されねえじゃないか」
「そっか。そうだよね」
「ハッピーエンドにしろよ」
握手すると二人は静かにコーヒーを飲んだ。




