太虚の虎 3
「リネンさんは町の外れに住む医者で、人ならざる者が見えて、よく狩りをしてて──」
「アイツは医師免許も持っていないし、猟銃も使わねぇよ」
見車 スミルノフは──人ならざる者より人類が最良の、真の地球の支配者だと信じてやまず、人ならざる者や上位の存在である神に対して嫌悪感を抱く、そんな人物だ。
"本来の世界"では未確認生物排斥派の上層部の一人であり、未確認生命物体愛護団の有屋 鳥子と対立していた。
竹虎はその思想が心底嫌いだと吐き捨てる。
「人ならざる者には容赦しねえ。アイツならこの町の人ならざる者をミナゴロシにするだろうヨ」
「じゃあ、リネンさんって…」
「アイツのこたぁ、なんか小細工してるんだろ。いけ好かなねェ」
「うーん」
「アイツはティエン・ゴウなんじゃネェか?ってね」
「てぃ…?なんて?」
「ティエン・ゴウ──元いた者のガワを被っているナニカさ。ヤツらは食神鬼とも呼ばれ、特定の神霊、種族を食らうンだ」
最初に食した種族などに対し異常な執着を持つ。
その影響力は惑星を脅かす危険な存在と伝えられている。
「麗羅に執着しているのは間違いねェ。どうやら、この時空にいるのもそれらしいしな」
「えっ。何で?知ってるんですか」
「寝ぼけてるようだナ。目え覚ましてやるか」
「えっ、あの、起きてます」
「オラッ!麗羅、やるぞ!」
「いや、やめて!」
「歯ァ食いしばれヨ!」
酷いビンタをかまされ、地面に倒れ込む。何をするの、と反論しようとしたが、己もこれをやった事がある。
(確か…ビルで)
記憶が混乱する。
(──私は)
(──せんみょう)
仙名 麗羅。
屋上の辰美に出会った時の、麗羅の記憶が蘇る。
「人畜無害な悪目立ちするだけのUMAだ」
「都合のいいUMAですね」
「当たり前でしょ。被害がでたら、私達打首獄門だよ」
平和な国を脅おびやかす存在を生み出したら、確かに非国民として爪弾きにされてしまうだろう。あらゆる方面からおぞましい結末が待ち受けるのだ。魚子は一体全体、人畜無害な生物が地球上に存在するのだろうかと思いを巡らせる。
やはり人が創造しなければ生まれやしないのか。
──人畜無害な悪目立ちするだけのUMAだった。……なのに。
廃れたビルがある。■■はこのビルに馴染みがあった。遥か昔妖獣人が教えてくれた夕日の絶景ポイントである。その妖獣人が今何をしているかは謎だけれど、暇になればここに出向き町並みを見つめる。暇つぶしの拠点であった。
この場に来ると不思議と気持ちが凪いで、ぼんやりした頭が冷静になる。それと同時に悲しくて切ない、辛い過去を思い出しそうになる。けれども「ソレ」を思い出そうとは思わない。
階段を登り屋上に行くと焼け付いたコンクリートと錆さびつく手すり、あとは汚れた貯水タンク。なんの変哲もない屋上である。
霞んだ山のシルエットと遠巻とおまきに佇むビル群。晴れ渡った昼間の柔らかな風が誰もいない空間を漂っていく。
(私は、この場にいた)
───麗羅─は暴れる髪を押さえつけ、無心にかえる。
(え…麗羅さん?)
「ねえ」蚊の鳴くような声が不意に屋上を制した。二人は顔を見合わせ、発信源をさがす。
「おねぇさんたちなにしてんの?」
女子高生──と思わしき──がひとり、ぽつんと階段に座っていた。そこいらの私立高校の子だろう。その制服の学生が何度か町を歩いているのを目撃している。いかにもお嬢様とまではいかないが、お家の良さそうな娘さんであった。
──佐賀島 辰美。
(私は…?)




