太虚の虎 2
彼女の"生前"は未確認生命物体を狩ってバイヤーに売っている「ハンター」だった。外見は二十代半ばから後半の女性、本当の年齢は分からなかった。
本人曰く正確な出生地は分からず、気づいたら私鉄の踏切に佇んでいたという。仙名 麗羅というのも自殺防止のポスターにあった女優の名である。麗羅に起こったそれは解離性健忘であると、加えてそれ以前の自らを存じていると語る見車という人物に世話をされていたが、あまりの狂気に逃げだしたのだ。
ハンターになってからは過去に起きた出来事がきっかけで全てにおいて投げやりになり、違法薬物に溺れていた。
そのため正気でいる時間は短く、おかしな言動でバイヤーの魚子を困らせていた。
魚子の事は気に入っていた模様だったという。
「わざとおちゃらけてたけど、アイツ、怖がりなヤツだったよ」
最初に見た、あの空間にいた地球の神である麗羅が怖がりな人には見えなかった。
「アンタによく似てる」
「そ、そうかな」
「なあ、吾妻っていう女は接触してこなかったか?」
「アヅマ?知らない」
「そうか…越久夜町だから居ると思ったンだがなー」
麗羅と仲が良かった女性の獣人がいたという。
彼女の名は吾妻。苗字は知らない。
妖狐族の妖獣人で良くハンターの手伝いをしていた。
美しい妖狐だった──しかし薬物に手を出していた。その時、麗羅は吾妻を諭しただけで、一緒になって利用はしなかった。
妖狐の育ちはあまり裕福な家庭ではなかったが、比較的幸せな生涯を送っていた。越久夜町の出身だと零していた。
ささやかな日常に麗羅たちは満足していた。しかしある時、吾妻はひったくりに遭い、居直り強盗された。誰だって命の危機を感じ乱闘になる。
吾妻は死んだ。加えて正当防衛か、人を殺めた。
麗羅は酷く落ち込んで、正気を保てなくなっていった。それを決定づけたのは、犯人が見車 スミルノフだった事だ。
彼女は自らの異能でわざとひったくりを仕向けさせ、吾妻を殺人犯に仕立てようとした。
「オレのせいなんだ」
二人には"見車 スミルノフ"を殺した過去がある。
見車 スミルノフは、人ならざる者は生まれながらにして下等だと決めつける──それが、吾妻を加害した動機の下敷きになっている。そして麗羅への過剰な執着。
「ケジメをつけさせようと思ったんだよ。だが、麗羅は感情のあまりにアイツの頭を殴ってしまった」
麗羅は近くにあった「鈍器」で魔女の頭を殴りつけた。
呆気なく倒れ血を流したそいつを拝むのは、既視感があった。竹虎は気の違った女性のしでかしに溜息をついたのだ。
──二人で隠そう。
混乱する麗羅に竹虎は声をかけた。
まだ誰も見てない。
あんたはマジナイが使えるんだろ?
「ヒトを殺害したのはおれにとっても、なんつーか、懺悔しきれネェ誤ちなんだよ。見車に恨まれても仕方ねーとは思ってる」
「ミシャさんもこの時空では生きてるのかな?」
「さぁなあ…元の世界とは違うからナ〜」
竹虎にとっては、麗羅といた時空が"元の世界"なのだ。
「忘れねぇように、これを大切に持ってる。元の世界に戻れるようにナ」
有屋 鳥子。麗羅。竹虎。そして──
四人が居酒屋で飲み明かしている写真には、確かにリネンが写っていた。服装も、顔つきもどことなく異なっているが、彼女はリネンだ。
そう直感した。
「リネンさんが、元の世界にもいたの?」
「アァ?オイラが知ってるのはミシャ。リネンじゃねえ」
「でもこの人、リネンさんだよ」
こちらに微笑み返している女性はどう見てもリネンだった。
「コイツは見車だ。さっき言ったろ。おれたちが」
「分かった。じゃあ」
「リネンとやらの素性を教えてくれネェか?」




