アトラック・シンシア・チー・ヌーと辰美ちゃん 2
「何でそこまで知っているの?」
「ああ?有名なヤツなんだぜ?この町ではな」
「ふーん?」
「越久夜町ってのは、変なヤツばかりさ。お前もチー・ヌーも」
カーテンの隙間から見える町並みを彼は見やる。
"首都近郊にあった県"の山奥にある──辺境の田舎町、越久夜町。
山間部にあるために大きな通りが少ない、代わりに路地が多い小さな変哲もない町。長閑な牧歌的な、時間がのんびりと流れる良い町である。
「高確率で月の神か太陽神がいない時空があった。その地は理が壊れ呪われていると、まことしやかに囁かれている。越久夜町は、この町は呪われているんだ」
呪い。因縁めいたそれは本当に、そんなモノがあるのだろうか?
「チー・ヌーはそんな土地にふさわしいよ。アイツも呪われてる─食神鬼はそんなもんさ」
「そっかあ」
薄ら寂しい風が吹いてきて、カーテンを揺らした。明かりに吸い寄せられた網戸に蛾が止まっている。
なんてことも無い、田舎の夜だった。
この町は呪われている。そんな風には思えない。
「チー・ヌーはな、全うに干渉者してると思うぜ。ああいうのは絶対神の子供的な立場であり、能力も色濃い。干渉者になれる素質がある者へ甘い囁きで引き込み、その際に精神汚染をするんだ」
干渉者──アトラックと呼ばれる者たちは、乗っ取る対象を見つけるとその生命体に"外見や記憶を我がものとして"成り代る事もできる。でないと星に滞在できないのだ。
それほど弱くて、頼りなく、厄介なのだ。
レジュメには続けてこう書かれていた。
「アトラック」ではない他の干渉者たちはどうやって干渉者になったかというと、絶対神である「白痴の霧瘴」にシェマなる許しを得て同化する。
そうすると干渉者の力を得られ、晴れて仲間入りを果たす。
かの絶対神には視覚と理性はなく、干渉者たちに手厚く守られている──
「そう、白痴の霧瘴はな、お前なんだよ」
言われたくない言葉を突きつけられ、固まる辰美に彼は続ける。
「佐賀島 辰美の成れの果ては白痴の霧瘴だ。時空の破壊の原因で、宇宙の仮想敵だ」
「な、な…!私は」
「罪深い生き物だ。佐賀島 辰美」
感情の読めない様子で彼は言う。しかし一転して、いつもの皮肉屋な顔つきに戻った。
「お前は佐賀島 辰美か?それを証明できる確実な証拠はあるか?」
「な、ないけど…」
「俺は坐視者、アルバエナワラ エベルム。それを証拠するものは無い。そんなものだ」
モヤモヤしながらも頷くしか無かった。
エベルムがいなくなり、辰美は脱力していた。畳に寝転がり、ゆらゆらしているカーテンを眺めていた。
──民?今更私が民に罪悪感を感じるとでも?コイツは越久夜町の民じゃない。■■の写し身だ。
──え?今なんて。
「月世弥、あの時なんて言ってたの?ねえ?いるんでしょ?」
語りかけても返事はない。シンと静まり返る部屋に、舌打ちした。
「はあ、寝よう…こういう時には寝るに限る!」
布団を出し、敷くと窓を閉めようか悩んだ。
防犯上、閉めた方が良いに決まっている。だが、閉めてしまえば熱中症で死んでしまう。究極の選択である。
(少しだけ開けとくか…)
カーテンを閉め、電気を消した。
「寝よう…」




