アトラック・シンシア・チー・ヌーと辰美ちゃん 1
「あのさ、教えてほしいんだけど。犬人間」
辰美以外誰もいない部屋で呼びかけてみる。するとタネも仕掛けもない、何も無い空間からヌッとエベルムが現れた。するりと見えない壁から出てきたかの如く、彼は地面に降り立った。
「だからぁ、俺は犬人間って名前じゃねーよ」
「はいはい。教えて欲しいのよ。タコの宇宙人について」
「お前な、こちとら人工知能じゃねっからな?…なるほど、干渉者か?」
エベルムがふうむと唸る。
「そう。教えて欲しいのよ」
まずグリーフとは深い悲しみ。悲嘆、苦悩や嘆き。干渉者に対して死別の喪失の意味合いから名付けられたとみられる。理由は不明だ。
「アイツらは坐視者と敵対している侵略者さ」
レジュメをどこからか取り出し、「干渉者の論文だ」と言った。
坐視者のように時空を行き来するが、ある物事や人物に異常な執着を持ち時空の生命や出来事に干渉してしまう者を指す。
種族はなく、どの星の生命体でも素質さえあれば干渉者に成りうる。加えて坐視者から干渉者になってしまう者もいるため、宇宙の生命体たちは病のように認識され予防策がされている区域もあるようだ。
彼らは多くの場合、パラレルワールドの時空内の生命や出来事を軽んじていたり、見下している。自分勝手な言動も目立ち、自らの目的のために行動し最悪時空を破壊するために、坐視者や境界線に住む者に忌み嫌われている。
厄介なのは星の生命体に寄生する思念体─アトラックと呼ばれる者たちで、外見や記憶を我がものとして時空を内側から食い破っていき破滅させる。
時空旅行者や坐視者たちには恐れられている存在である。
坐視者が紀元前から確認されているように、干渉者も同じく各地で確認されている。
日本では"風の神の子"と日本では禍津霊と呼ばれて、ケガレや疫病の一種として恐れられていたため、いくらか文献がある。
思念体の時は他の生命体からアトラック・ナチャと呼ばれている───
「す、すごいわね…こんなのも作られるなんて」
「ウイルス学みたいなモンさ」
ウイルスは単独では増えない。人の細胞が必要である。生き物と静物の合間を漂う摩訶不思議な存在。
「書いてある通り、干渉者は厄介な伝染病なんだよ。コントロールができやしねえ」
(そんな危険な生き物なんだ…)
辰美にネーハが「アトラック・シンシア・チー・ヌー」に会ったのを、詳細に話してほしいと詰め寄ってきたのを思い返す。
干渉者の中でもアトラックは危険である、と。
そうネーハは言っていた。
しかしアトラック・シンシア・チー・ヌーと関わってしまっている。自分はどうなってしまうのだろう?
「越久夜町では、アトラック・シンシア・チー・ヌー─干渉者の誠実な織り女は中でも危険な生命体だ」
──彼には、本来の名は無い。寄せ集めできている。
かのチー・ヌーはジエイエンとも呼ばれる部類の強力な蜘蛛の神も吸収しており、能力は計り知れない。
ジエイエンは心臓の無い蜘蛛と呼ばれていた。その存在を奪って我がものとした、そのはずである。それが始まりだ。
干渉者に襲われれば、存在を奪われる。成り代わり原型の人格が形成される。ただ英雄に倒された後に存在を剥奪したので、根は不完全だった。
不完全な根元を有する者は危険だ。何をしでかすか分からない。底なしの沼と同じだ。




