倭文神 5
ニイッと獰猛な狂笑に、柔和な倭文神の面影はない。
「アトラック・シンシア・チー・ヌーが居る限り、吾輩は不滅じゃ」
──"わたくし"がいるからです。
「アナタ、は何者?それとも倭文神のフリをしてんの?」
「吾輩は彼奴ではない。確かに喰われて、同化したが吾輩は倭文神だ」
倭文神の姿をしたナニカは指についた砂利を、ソッと落とした。彼はそれを無関心に踏みにじる。
「彼奴には飽きれているがのう。自分の楽しみを見つけられたと感謝している面もある。己の押し殺していた感情や欲求へ素直になれた、越久夜町の要人になれた…恩を返しきれぬほどじゃ」
紫と黄色の、奇妙な色をした瞳を細めた。
「春木さんはそれを、知って…騙しているの!?」
「うぬ。悪いか?」
「…分からない」
善悪の判断など、容易にはできなかった。もはや正義も何もかも、信じるほどの正しさを辰美には持ちえていなかった。春木だって善人ではない。ただ──いけない気がした。
人を騙すのはいけない気がした。
「好きな名前で呼べば良い。吾輩はただの繕い」
「…。じゃあ、我輩さん、とかかなぁ?」
「…。…そうか。そち、最後に一つだけ聞いていいか?疑問に思っているが、なぜこの時空を破壊せぬのじゃ?吾輩はそちに似ている者に出会ったことがある。そちも同類ならば、なぜ遊ばぬ?何か思惑でもあるのかのう。まあ、そうだのう。遊ぶのもよい事じゃが」
「私は干渉者じゃないよ」
「どれでもあるじゃろう。そなたの場合」
どれでもある?言葉の意図がつかめず、首を傾げる。しかしそんな様子でも倭文神は気にしていない様子だった。
会話を放棄しているように見えた。端から意思疎通を諦めている。
長年のくせだろうか?
「気になるんだけど、シンシアさんと倭文神さん。真逆なんじゃないかな。侵略者と、守る側って」
「吾輩は天津甕星を封じ込め、食えるのなら時空が壊れてもかまわぬ」
怪しげな眼光を灯し、祠の内に収められている護符を見つめた。
「辰美殿。吾輩とアトラック・シンシア・チー・ヌーの関係は秘密にしてくれぬか」
「う、うん」
秘密を明かしたら、干渉者である少年に食い殺されそうだった。
はたまた夜中。妙な視線を感じまぶたを開けると、また枕元に月世弥が立っていた。長い髪を垂らし、陰気な雰囲気で佇んでいる。
(テレビから這いずりながら出てきそう)
「月世弥さん。どうしたの」
「なぜ私の力に影響されない?普通の人間ならばとっくのとうに憑依できているはずだ」
「アタシ普通の人間じゃないんじゃなーい?」
「クソガキ」
「何でもっと春木さんと話さないのよ」
「チッ小癪な…!」
「春木さん、おかしくなっちゃったじゃない」
「口の利き方を覚えろ」
苛立ちを滲ませた様子で彼女はこちらを見下ろしてきた。
「憑依できないのがそんなに悔しい?」
「この幽鬼となった私が小娘に屈してしまうなんて、恥を通り越して屈辱。お前を守っている地球の力が強すぎてできないんだよ」
守っている地球の力。「麗羅さんが?」
「バケモノめが」
「はあ?月世弥さんこそバケモノじゃん」
「お前の異能─"収納"がバケモノ級のせいで、地球の力さえ抱え込んでいるんだ」
「ほう」
月世弥が言うには、辰美は空っぽゆえに他人の魂や能力を収める事ができる。またその能力を使用でき、霊媒型・憑霊型のシャーマンの力を発揮できる。
「シャーマンとしての力は私よりは弱いくせに、収納の容量はでかい。"私の魂"をしまい込む事ができるのはタツミくらいだ」
辰美は体を起こし、体にかけてあった毛布代わりのバスタオルを剥いだ。




