倭文神 3
「…小娘。発言に気をつけろよ。次は無いぞ」
「わかったわよっ」
女子大生を窘めると童子の身なりをした神は身軽に跳ねて、夜空に消えていった。あまりの身の危険で麻痺していた感覚が今になって襲いかかってきた。痛い。
微かに傷になった爪痕に指を添え、血が出ているか確かめた。
(死んでたかもしれないんだ)
「…はあ、この町の奴らは好戦的で恐ろしいよ」
その様子を見守っていたネーハが青息をついて、衣服から砂利を払っている。
「あの人、神さまなの?」
「ああ、越久夜町では女神の右腕的存在さ。…あの神があそこまで怒るなんて、君は何をしたんだ?祠を壊したのかい?」
「いや、ただ春木さんと話しただけで」
「なるほどね。空回っているのか、珍しい」
ネーハがかの倭文神について説明してくれた。
彼女は山の女神・春木の付き人のような立ち位置であり、長命で同じく神霊である有屋 鳥子とは同期だと。
神威ある偉大な星が来る前から居たとされる、思慮深い神霊。
表向きは建葉槌命という。
不特定多数の別名があてられており形容し難い。真に織り女を司る神霊であり、決まった神名はない。
「縄文時代より以前から居て、オクヤマの土地の歴史にとても詳しくてね不思議と様々な真実を知っているんだ。不気味で掴みどころのない人物として町の神霊たちからは腫れ物扱いされているようだよ…あ、これは内密に」
「う、うん」
「…ところで八月が終わらない、って。ただ君が巻き起こした訳じゃないだろ?」
錫杖を異次元にしまうとネーハは腕を組んだ。
「うん。春木さん、ヤケになってるみたい」
「困った女神サマだなぁ。あ、今のは!これは秘密にしてくれよ」
「ネーハちゃんは何とかできない?」
「有屋さまに意見してみるよ。ただ、有屋さまは山の女神には甘いから改善する可能性は低いけどね」
「そ、そう」
彼は辺りを見回し、何も異常がないのを確かめた。
「じゃあ、また。有屋さまと打ち合わせがあるんだ。危険が及んだら助けに来るから!」
金色のモヤとなりネーハは消え、一人残される。疲れ果てた。家に帰ったら真っ先に眠ってしまいそうだ。
案の定寝てしまい、起きると珍しく天の犬化が進行していた。巫女式神には会っていないはずである。
(山の女神がああなったから…?)
己には時間が無いのを実感する。
(けど、…お腹減った)
もはやいちいち泣いたり喚いたりしている暇はない。慣れたものだ。
まずは腹ごしらえをしたい。
コンビニエンスストアへ向かい、夕飯を買う事にした。
商品棚に陳列されたカップ麺に手を伸ばしかけたところでなにやら子供の声がするのに気づいた。ボソボソと誰かが話している。が、内容は聞こえない。
珍しく子供が買い物にでも来ているのだろうか?
──ふふ、ならばわたくしがお話しますわ。
くすくすと控えめに笑うのが聞こえ、ハッと視線を感じた。窓に倭文神と呼ばれている、あの童子が佇んでいた。
「うわ…」
「こちらです。こちらにきてください」
テレパシーで言葉を伝えられ、童子の容姿から、麗しい少年に変化する。彼はそのまま誘い、どこかへ行く。
辰美は慌ててコンビニから飛び出し、暗闇へ飛び込んだ。
「待って!私、アナタが、見えてるんだ」
「辰美さん。こんばんは」
「あ、えっ。こんばんは」
異国情緒ある顔立ちに麗しい銀髪と血染めの衣、錆び付いた大ぶりな鈴が装飾された小学生三年生くらいの子供である。絶世の美女とまではいかないが、際立つものがある顔をしている。外見同様に幼稚で、甘ったるい声色が耳障りだった。
「改めまして。アトラック・シンシア・チー・ヌーと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「よろしく」
「アトラック・シンシア・チー・ヌー。アトラックは干渉者という意味、シンシアは誠実な。チー・ヌーは織り女。文字通り"干渉者の誠実な織り女"と言いますの」
「は、はあ…」
「貴方の名前の意味は?」
「サガ・アイランドかな」
「はぁ…思っていたよりもおバカさんのようですね」
「な、なによ!」大げさに落胆されムッとしていると、彼は
「干渉者をご存知ですか?」
「少しは」




