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開闢のミーディアム ~人ならざる者が見える辰美の視点~  作者: 犬冠 雲映子
ツギハギの町と憐憫たるスナッチャー編
224/349

倭文神 2

 生ぬるい風を浴びながら、ぼんやりと歩いている。夏の虫がどこか寂しげに鳴いていて、情緒を誘うのだった。

 夏の記憶が曖昧だ。屋上の残影が、瞳の内にチラつく。

(屋上…で何かあったっけ)

 何かから逃げて、屋上に走った夏。


(うーん!思い出せない!)


 ──ジャラ、ジャリン。

 不意に濁った、さびつき始めた金属の音色。鈴の音が鳴る。暗闇に溶けいる自然音とは異なるそれは、確実にこちらにやってきている。


(…え、何?)

「!」

 鈴が、重苦しく、ジャリンと鈍い音を立てて近づいてくる。まるでマジナイのように、蛇に睨まれた蛙のように、体が動かない。

「やばっ…!」

 魔筋で月世弥に会った時と若干似ている。良くないものが近づいてくる気配。必死に、この場からすぐさま逃げようと試みる。

「あっ」

 紫色の、和装に近い摩訶不思議の衣に身を包んだ角髪の子供。鈴の装飾と冷淡な目つきが、式神の童子とは違うのだと悟る。

 黄色と赤紫の奇妙な眼光に魅入られて、辰美は捕らわれた。

(…あの時の─)

 幻のように現れては消えた、童子式神ではない童子。


佐賀島(さがじま) 辰美」

「!」走り出そうとした瞬間、前に童子が現れ道を塞がれた。

「…な、なによ!」

 軽い動きで肩に飛び乗られ、鋭い爪を喉に突き立てられる。猛獣の鉤爪に類似した切っ先が柔肌に食い込む。

「アンタ、誰?」


「吾輩は…名などない。山の女神と話すのをやめよ」

「アナタ前にもいたね。山の女神と知り合いなの?」

「止めろ、と言え」

「い──」


『タツミ。私に明け渡せ』

(いきなり何?!)


 これまでも月世弥が体を貸せと要求してくるが、断っていた。まさか本当に乗っ取りを企てているとは考えていなかった。

(ヤダよ!)

『──なら良い。死んだ暁には亡骸を我が物としよう』

(は?!)

『時間が無い。さっさとしろ』

(ええい!ヤケクソだ!)


 辰美はどうしていいか分からず、とにかく月世弥に体を明け渡すイメージをした。

 その瞬間、ブワッと視界が変わり、すきま風を浴びたような不可思議な感覚に陥る。これは月世弥の"神憑り"の力で神々がいる世界とわずかに霊媒した──のだと、直感的に悟った。

 神々の世界とは概念的な宇宙。

 すきま風が吹きすさぶ、向こう側。そこは実際の天文学的な宇宙とは異なる、話す事も呼吸もできる──殺風景なものだった。神霊の姿はなく、漠然とした空間が広がっているだけだった。

『──裏側の魔筋を介し、意識などを宇宙に飛ばしたりする。私の力だ』

 "接続"。神々の本体である()()に精神が繋がる。あれは誰だと、神々が囁く。

 辰美は接続を使い、かの童子の正体を突き止めた。


「アンタの正体は、()()()()()()()()()()だ!」


「ネーハ・プラカーシュ!緊急じゃ!」

 正体を見破られ、見えぬ規則に縛られた童子はネーハの名を呼んだ。

「倭文神!緊急事態か?!」

 すぐさまネーハが現れ、縛っていた空気を蹴散らした。しかし人間が狙われているのを目撃し、固まった。

「な、何が起きてるんだ?!─くそ!」

 錫杖が倭文神の手を跳ねのける。辰美はブロック塀からずり落ちて尻もちを着いた。

「大丈夫かい?辰美さんっ!」

「ネーハちゃん!」

 ネーハが地面に着地してメイド服をなびかせる。錫杖がシャリンと音を立て、童子姿の人ならざる者に向けられた。

「護法童子─いや、番神の光者(こうじゃ)。邪魔をするな」

 怪しげに瞳がぎらぎらしている。怒りか、高揚か。

「き!貴様!反旗を翻す気なのか!?」

「この娘はルール違反を冒した」

「…ルール違反?」


 聞き返したネーハに彼は「山の女神をそそのかし暦を壊したのだ。これでは森羅万象が崩壊してしまう」

「私は何も!」


「は?暦を壊した?君たちは何を見ているんだ?」

「役立たずが」

 ネーハが倭文神が召喚した巨大な布に絡め取られじたばたもがいている。

(私と春木さんと、この人しか知らない?!)


「山の女神は吾輩の助言だけを受け入れていればいいのじゃ」

 陰鬱とした中に怒りが滲んでいる。

「余計なお世話だって言いたいわけ?」

「山の女神の精神が揺らげば揺らぐほど、森羅万象に歪みが出る。このようにな」

 夕暮れに生ぬるい風が吹いている。確かに九月の終わりを感じさせる雰囲気ではなかった。

「神に対し人の意志など不要」

「倭文神!貴様のような地位の神が人を殺めたら、山の女神はどう思うだろうな?この町の人間は山の女神からしたら子同然だ!」

「…それは承知しておる。…金バエが、こざかしいものじゃ」

「ホント!殺さないでお願い!」


 辰美の懇願に倭文神はため息をつき、手をさげた。「何だか馬鹿らしくなってきおった…」

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