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開闢のミーディアム ~人ならざる者が見える辰美の視点~  作者: 犬冠 雲映子
ツギハギの町と憐憫たるスナッチャー編
222/349

夏休みが終わらない

 九月が始まった。正午頃の暑い晴れの日──トタン屋根のアパートにはきついほどの日差しが当たっていた。扇風機を回して、辰美は団扇を扇いで畳に寝そべっている。

部屋は蒸し風呂状態だった。


「辰美さん、やめてください。私は他人と繋がりたくない」

「でないと私は私でなくなってしまう。分かるでしょう」

「ならば共に行動するのはやめなさい」


「いやだよ、わたし、緑さんと知り合ってやっと生きてる気持ちになったんだ」


「私はまだ、死んだままです」

 濁りきった瞳でこちらを見てきた。断絶したお互いの気持ちをまざまざと見せつけられた気がした。

「それでいいのです。辰美さんはハッピーエンドを目指せばいいのです。ひたすらに」


(あんな終わり方、最悪だよ)

 八月は終わろうとしていた。緑とは会えずにいて、だらだらと自堕落な生活を送っている。

(あ〜〜、九月にしなきゃ)



 カレンダーが八月の終わりを告げたはずだった。

 めくってみたら八月だった。もう一枚めくると八月。



 辰美は慌てて携帯のカレンダーも確かめた。

 ──八月以降、八月しかない。


「な?え、え??」

 夏が終わらない。秋に来るはずの風が吹かずに、蝉時雨だけが鳴っている。

「漫画みたいになってる?!」

 終わらない夏なんて、よくフィクションにある話だ。



 天の犬と化した左手で電線に捕まる。そのままターザンのように、瓦屋根に着地した。

 包帯が黒焦げになり散っていく。

 青々とした山々を眺めながら感覚を研ぎ澄ました。

 春木がいる気配が不思議と分かる。人ならざる者を目視できる能力の、慣れた感覚だった。


「私なら町役場の喫煙所にいるわ」

 あちらも気づいたらしく、テレパシーが脳に響き、辰美は左手を使いながら急いで町役場に走り出した。


「春木さん!」

 町役場の喫煙所で煙草を吸う山の女神こと天道 春木は、平然と椅子に座っていた。

「八月が、また八月が──」

 駆け寄って袖に触れようと──彼女の体が半透明になっているのに気づき、指を引っ込めた。


「この町が滅びるのは変わらない運命のようね」

「あの時」

「先に進める気がしないのよ」

 春木が爽やかな笑顔をうかべ灰を落とした。諦めと絶望を隠した表情に辰美は打ちひしがれた。


「いっそずっとこの夏のまま、止まっていても悔いはないわ。貴方たちがいる時に、縛られてもいい。私に味方する者がいる、この一時に」

 入道雲がやんわりと広がっていく速度も遅く感じる。

 何も言えずに汗ばんだ背筋が寒くなる。


「そうやって過去にすがっていればいいよ。メンヘラババア」内にいた月世弥が冷たく言い放つ。

 辰美の奥にいる最愛の人に、春木は寂しげな微笑みを浮かべた。

「…私の悪足掻きを許して。月世弥」

 老齢した光を宿した瞳が淀む。

「いやです!未来が来ないなんて、私は嫌です!」

「未来とは死よ。人は老いて死ぬ、人ならざる者は内側が腐って無になり、星はいづれ中心に向かう。時に従うというのはそういう事だわ。辰美さん、貴方もわかる日が来るわ」

「夏を楽しみましょう」

 人間より人間らしい──。

 蝉時雨が蜃気楼に滲んでいく。


「どうすんのこれ…」

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