山の女神と幻像の巫女 《帰路の真実》4
──私は異国からやってきました。イァン・グアンと申します。
「…アナタの本当の名前はイァン・グアン…」
夢想から冷めやらぬ辰美の小さな声音に、鬼神が飛び起きた。
「辰美くん、もう一度その名を言って貰えないだろうか?」
ハッと正気に戻り、戸惑い、今度ははっきりと声に出した。
「鬼神さんはイァン・グアンっていうの?」
「そうだ!」
鬼神に絡みついていた邪悪なものが消えていく。光り輝いた双眸が、明るく宵闇を照らした。
「ありがとう。私の本当を、思い出させてくれて。もう行かなくちゃ」
鬼神はそういうと、勇ましく立ち上がった。
「え、どこかに引っ越しするの?」
眩い輝きに辰美は惹き込まれる。触れようとして、やめてしまった。彼を穢してはいけない気がしたのだ。
「呼ばれている、誰かが私を呼んでいる」
「イァンさん…?」
「月世弥。消えないでくれ。私とは君は違う。だからずっと世界を恨んでいてくれ…そうなんだ」
鬼神は絞り出すような声音でそう訴えた。その様子に何も言葉にできなくなり、コクリと頷き、下を向いた。
「この星には"全てを忘れさせ、再び輪廻へと導く地球の神"がいる。私の自我が消えても、かの神はその魂をすくい上げ、再び旅に出させる。魂は地球という星で必ず一つ与えられる。永遠に輪廻を巡り、幾重にも、どこか遠い場所で新しい生を受けるんだ。だから大丈夫だ」
「う、うん…あ、あの!」
「この世から去るのは怖くない。さようなら」
顔を上げるともうそこには、怨霊であった少女は居なくなっていた。残されたのは半身をあげた自分だけで、夏の虫と紙垂のカサカサという音のみが響いている。
「…」
やっと現実味のある世界に戻ってこれた─不思議とそんな気分になった。
「帰ろう…」
腰を上げ、歩き出す。自分は最期まで人間でいたいと願う。それぐらいは、神がいるのならば、せめても叶って欲しい。
寝苦しい夜だった。気配を感じ、ふとまぶたを開けると、月世弥が枕元に現れて佇んでいた。腐敗した悪鬼の如し様相に驚き、体を起こした。
「な、なんで!この期に及んで現れたの?!」
「あんなんで、私は浄化されはしない!この憎しみは消える事などないのだから!」
高笑いをあげ、彼女は不気味な笑いを浮かべる。
「私を解き放ってくれてありがとう!これでたくさんのあの人に"愛"を伝えられる!さあ、私に体を貸せ!」
「は、はぁ?!!する訳ないじゃん?!」
「いつかお前の体を乗っ取るからな!」宣言され、戸惑う。しかし以前のような畏怖や邪悪さは感じられなかった。
「じゃ、じゃあ、やってみてください」
「貴様っ!町をめちゃくちゃにしてみせる──」
「うるさぁい!!寝かせろ!」
そんなこんなで神世の巫女との同居生活が始まった。
「山の女神と幻像の巫女編」は完結しました。
ありがとうございました。




