山の女神と幻像の巫女 《帰路の真実》3
「やあ、辰美くん」
「こんばんは。鬼神さん」
「…と、誰かが中にいるな。本当に辰美くんかい?」
疲れているために、雑に、端折って月世弥に助けてもらった、と辰美は伝える。
「山の女神は彼女に会ったのか」
すると彼は落胆したような、安堵したような淡い溜息をつき、座り込んだ。
「彼女が他人を助けるとは──まるで生前の巫女のようだ」
「春木さんに押されて、みたいな感じだったけどさ」
「はは、悪くなりきれないのが彼女らしいな。私ならどうしただろうなぁ」
ごろんと寝そべると、綺麗な星々が見える空をさらに仰いだ。
「辰美くんも寝転ぶといい。我が領域で無礼を許そう」
「えっ、じゃあ」断るのも何だか怖いと、そのまま寝そべる。生ぬるい石畳の感覚を背中に感じながら、ぼんやりと空を眺めた。
横には見慣れない民族衣装に身を包んだ、小学生高学年ぐらいの少女が石畳に横臥している。長い栗毛色の髪を広げ、彼女はどこか諦めた物寂しい顔をしていた。
双眸は人ならざる者だと主張するかのような黄緑で、魔性の光を帯びている。あどけない少女から滲み出るバケモノじみた気配。
「昔、神からこんな話を聞いた事がある。後に参考になるかもしれない」
──不完全な人間を創造したひとりぼっちの女神は世界を修復した。
ある時、水の神と太陽の神が大喧嘩をして、負けた水の神は腹いせにオクヤマ山に自分の頭を打ちつけた。オクヤマ山には、"巨人"が死んだあとに天と地の間に立つ柱があった。
水の神のせいでその柱が折れ、天と地は傾き世界に大地震が起こった。
「越久夜町は不思議な場所だ」
「確かに。でも、なんで越久夜町なんだろう?」
「この星の、地球の気まぐれなんだろ」
脳裏に麗羅が浮かび、この辺境と連想できなかった。
「…何か意味があるの?これ」
「何もしていない、をしているのさ。死の追体験、と言える」
彼は最初に出会った際の言い草を繰り返し、寝そべりながら言った。
「これから私は何度も生まれ変わるのだ。我を忘れ、何度も地球で暮らしていく。怖いんだ。ずっと、繰り返して」
「そんなの、疲れるよ。私…」
「そうか。ゆっくりとしていくといい」
「ありがとう」例を言い、しばらくぼんやりしていると鬼神がポツリと口を開いた。
「君はまるでミーディアムだね。私は神を内包できなかったが、君は何でも内側に宿せるのだろう。羨ましい限りだ」
「そ、そうかな?私は…あまり嬉しくないよ」
「神々を受け入れる者たちには喉から手が出るほどの能力だ。私も…人間の頃にそのような力が欲しかった」
少女の形をした怨霊は自嘲してみせる。
「辰美くん。これだけは、もう一つ、伝えておこう。神々を激減させた──式神のシステムを作ったのは月世弥なんだ」
「何それ」
式神、という言葉に童子式神が脳裏をよぎる。
「神々は現在、いや、過去か…神という存在を失い、式神になったんだよ。輪廻のような循環システムに組み込まれ、神にも人にもなれなくなってしまっている」
「神が少ないのは、それもあるだろう」と、彼は滔々と語った。
「神々が人間と同じように搾取され、苦しむように。愚かな人間どもが人ならざる者に蝕まれ人が苦しむように。神が苦しむのを目的に作られた。私は蘇り、それを知った。彼女の壮大な呪詛だ」
「そっか…」暮れていく空に身を任せ、辰美は頷いた。
「同情も哀れみもあるが私には彼女へ伝える言葉がない。彼女は私と似ている。哀れで傲慢で、加えて救いようがない。─人間のうちにそれを知れたら良かったのに」
──私と君で、山の女神を探すんだ。
鬼神は言った。
──かの山の女神ならば、時空をコントロールする術を知っているかもしれない。私の願いには時空を存続させたい、というのがある。
町が急激に変わりつつある環境なら女神に触れられる。今なら会えるんだ。
「鬼神さんは、山の女神に会いたかったの?」
「…ああ、触れた事も、会った事も無かった。だが…興ざめしたよ。あれは無力で尊大な生き物─人間だ。時空を変えられぬよ」
人間。無力で尊大な生き物。
遠い記憶の中で、知らぬ男が神官らの集いに供物を抱えやってきた。異国の様相に月世弥はとても心惹かれた。
同い年だろうか。男は恭しく、神官らに挨拶をした。




