山の女神と幻像の巫女 《帰路の真実》2
「このまま下に降りればいつもの道に出る。なあ、優しいだろう?」
「サンキュ!」
「いや、すぐ信じるのかよう」
急いでアパートに帰る事になり、ひび割れたアスファルトから雑草が生い茂る廃道を歩いていると彼は意味深に言った。
「嘘つきの女神さまには、アレがお似合いだよなぁ。前代に似ているにしてもアレはダメだ。やめたね」
「嘘つき?春木さんが…?ま、まあ、ちょっとヤバい人だよね」
「はん、アイツは──山の女神は月世弥を人ならざる者にさせたかったんだ。神格化か他のやり方か、奴は月世弥が畏怖され祀られるのを待っていた。だから救わず見捨てず、半殺しの状態で転がしたんだぁ」
ニタニタと天津甕星は反応を楽しんでいる。
「もし怨霊となり民が災いに苦しめられても、あのオンナは放ったはずだ。けどなァ、アイツはオレの依り代で胸をつきやがった。自らの手で魂を破壊したんだよ」
「じゃあ、月世弥は知っていて…」
「神のみぞ知る、いや、月世弥のみぞ知るだ」
「馬鹿だよなァ」彼は愉快そうに言い放った。
「神様になれるなんて。フツー生きてるうちには思わないよ」
「そうかぃ。神霊もはるか昔は人類と同じ生命体だったのさ。神霊として地球に流れ着いた宇宙生命体──他の星では人類だった──や前人類の者が、神様として君臨しているだけなんだよ。人から逸脱して人類とはまた異なる思考回路になっているにしても、どこかヒトらしい醜悪さや偽善的な部分がある。ヒトはヒトだよ」
「そうかな…」
越久夜町を支配する最高神に就いている女神。太陽神と山の神の性質を持ち、森羅万象を眷属とするほどの存在力と霊力を持つ。彼女はこの星の全知全能の神・地球の分霊である。
彼は言う。
──地球神の麗羅にどこか似ている。例え最高神が地球の分身だとしても、瓜二つや酷似する事はありえない。
「くれぐれも天道 春木の存在を信じるナヨ」
ようやく見慣れた場所へやってくると、消え入りそうな後ろ姿で佇む緑を見つける。
あれからどこへ行ったのだろう、と心配してはいたのだが。声をかけようとして、手を伸ばした。
あわよくばすがろうとしている気持ちに情けなくなり、感情を押し殺した声音を吐き出した。
「緑さん」
返事はない。一息ついて辰美は正気を保ち、もう一度呼びかける。
「あ、あの?緑さん?」
「あなたが…貴方が出会っていた人にあいました。天の犬という人ならざる者に」
「エベルムに会ったの?!」
「祖父は…やはり」
「…アイツも言ったんだ」
──そっかあ〜、これまでもそうだったんだよ?そーして何度も時空を壊してきたんだぁ。
天津甕星の言葉が蘇る。
「ね、ねえ、緑さん、アナタだけは!」
失いたくない。離れてほしくない。見捨ててほしくない。
自分勝手な、独りよがりな感情に口を閉ざしてしまった。
「辰美さん、やめてください。私は他人と繋がりたくない」
「…う、うん?」
「でないと私は私でなくなってしまう。分かるでしょう」
「わ、分かりたくないよ!」
「ならば共に行動するのはやめなさい」
「いやだよ、わたし、緑さんと知り合ってやっと生きてる気持ちになったんだ」
「私はまだ、死んだままです」
濁りきった瞳でこちらを見てきた。断絶したお互いの気持ちをまざまざと見せつけられた気がした。
「…」
「それでいいのです。辰美さんはハッピーエンドを目指せばいいのです。ひたすらに」
──それにはこの時空をハッピーエンドにするしかないのさ。
言いのけられて辰美は腕を掴んだ。エベルムの言葉が反芻される。
「ハッピーエンドって、ゲームとかじゃないんだからそんなの無理だよ…。私は、緑さんと幸せな結末の先に行きたいよ…!」
悔しさに声が震え、手を離し足を進めた。彼女が何か息を吸ったのを感じながら辰美はその場を離れた。無理だった。
泣きそうになりながら、よろつきながらも彷徨う。アパートにたどり着きたかったが心身共にそれを拒んでいた。我に返れば地主神が祀られていた神社にやって来てしまった。
鳥居の向こうに見知った人が居る。参道に佇み空を見上げていた鬼神は満身創痍の辰美に気づくや、小さく手を振った。その仕草が幼い女の子のようで彼が鬼神だと忘れそうになる。それでもいい、と鳥居をくぐった。




