山の女神と幻像の巫女 《帰路の真実》1
夢物語のような走馬灯から目が覚めると、見慣れた有屋の車の中だった。冷房と薄荷の匂いに、これは現実だと悟る。
月世弥が出てきた夢を見たのではないか?
疲れ果てた体を起こして、矛に貫かれた胸を見た。血染みはなく、わずかに生地が劣化しているぐらいで傷もない。
やはり夢だったのでは?
「起きた?」
寝ぼけていると助手席のドアを開け、山の女神が尋ねてきた。
「あ、春木さん、…私、いつの間にか寝ちゃったみたいで…?」
「…大丈夫?月世弥を宿して、変なところはない?」
「え、…。──まだ実感がわかなくて」
夢ではなかったのだと確信して、一刻も早くこの場から去りたいと思った。
「魂を宿したのだから、少し体が無理をするかもしれないわ。ね」
普段にしては明るい笑顔をうかべ、優しい手つきで頭を撫でられた。それは辰美に対しての仕草ではいだろう。
「私は、…まだ生きていかなければならない。神として、幾万の人を輪廻へ送らなければ」
春木は決意し、小さく呟いた。
「過去をなかった事にできないわ。…これ以上、なかった事にはできない。あの子に恨まれていたのなら、恨まれていたなりに前に進まなきゃ」
「ま、前に…」
気色が悪い。まるで愛撫みたいだ。ソッと頬に手をやられ、怪しい目つきの女神に視線が合わされた。
「親愛なる証をさずけるわ」
キスをされ、唇がふれた額に神文字が浮かび上がり──辰美は背筋が寒くなった。
「月世弥に何かあったら私を呼んで。貴方の身体は貴方だけの物じゃないのだから」
「ヒッ…や、止めてっ」
「先輩?公共の場でイチャつかないでくれますか?」
「あらぁいつから居たの?…辰美さん、あの子を、よろしく」
ベストタイミングでやってきた有屋に引っ張られ春木は歩いていく。それを見送って、辰美はシートにズリズリと力無く寄りかかった。あのままでは食われていたかもしれない。額を擦り、慌てて車から飛び出した。
「早くアパートに逃げないと!」
ドアをゆっくり閉め、ヨレヨレと駐車場らしき場所を歩く。どうやら越久夜町にいるみたいだ。
木々の合間から越久夜間山や見覚えのある山々が微かに望める。
「おう。お目覚めか?」
頭上から男性の声がした。邪悪なる星の神、かの天津甕星だった。死人の色をした肌が夕日に照らされている。傾き朽ち果てた電信柱から降り立つと不満をもらした。
「ああ〜、アイツとことんムカつくぜ。いきなり川に落とすのは反則だろぉ」
わずかに夜色の髪が濡れており、触手たちも不機嫌そうだ。
「ここはどこ?!」
「越久夜町の外れにある、モーテルだ。ああ、正確には廃墟のモーテルだよ。あぶねえよなぁ、食われるトコだったんでねえの?」
さも他人事でケタケタ笑うと彼は四足で歩き出した。細長い手足を器用に動かし、野生びた動きで山道を下り始める。痩せこけた獣にも思えた。




