山の女神と幻像の巫女 《再開》12
剣が形を保てなくなり弾け、無に帰す。春木は滑稽に震える手を抑えて、食いしばった。
「貴方を神聖視しすぎた」
「聞いていい?人界に堕とされて、長い時に流されて。どうだった?神々から蔑まれた気持ちはどうだった?手を差し伸べられず腫れ物扱いされる気持ちは?」
「…月世弥」
「わたしは月世弥じゃない、ただの名のない人間。最高神に縛られたわたしは死んだ」
指を鳴らし、遺跡の壁や機器に這っていた蔦に似た触手を操る。植物なのか無機質なのか、曖昧なそれは奇妙な音を立てた。
「代わりにワタシがシバッてあげル!」
触手に絡め取られ手足を封じられる。神力を行使したのか、最高神は異変に気づいた。
「どうして神域の起点の権限を握っている?何をした?」
「あはは!どうしてだろう?カミサマがワタシに味方したのかなぁ?"カミサマ"が!──悔しいだろう?人間如きに神聖なる遺物を使われるのは!」
山の女神は変わり果てた巫女を前に歯を食いしばった。巫女の手のひらから禍々しい銅矛が創造され、ズリズリと皮膚から引き出される。奇妙な異形の鳥があしらわれたそれは血にまみれ、柄が腐敗していた。
刃先を春木に向けると強く握りしめた。
「…それは、祭祀用の」
「ああ、祭祀すべきだと思ってさ。私が祀りあげてやろう。全てを最高の"愛"で貫き、昇華してやろう!」
「愛、ね…ツクヨミ、この気持ちは本物なのよ。貴方に抱いた気持ちは、神として人間として初めて抱いたもの。─愛しているわ」
涙を流しながら春木は訴える。腐敗した死体の外見をした月世弥の目玉がぎょろりと動いた。
「は?気持ち悪いんだよ。じゃあ─愛してるなら、一緒にシンデよ」
サディスティックな表情に染まった月世弥は劣化しボロボロになった生地の衣を黒ずませ、祭祀用の銅矛で山の女神を突き刺そうと走り出し、突き出した。
「辰美さん!」
緑の静止を振り払い、ふらつく体を必死に動かし何とか止めようとする。あのまま月世弥が春木を殺めてしまえば時空も、かの巫女の何かが終わってしまう。
(───私が終わってしまう)
正気を振り絞り立ち上がると左腕が熱くなった。ギリギリと骨が軋んでいる。
その力に任せて、天の犬が持つ鉤爪でしめ縄を引き裂いた。ちぎれたしめ縄が空を舞う。
すんでのところで飛び出した辰美が庇い、春木の殺害は阻まれた。人間の血飛沫がとびちり、祭壇を穢す。胸を貫いた矛先を前に辰美は意識が遠のく。
暗転した視界。無に近い漆黒の暗闇で誰かがこちらを他人事に眺めている。視線とため息。
──今回もダメかなぁ。
麗羅の落胆した声音が脳裏に響いた。いつかの記憶が蘇る。
──…ライラさん、私はっ…!
──頑張ってくれたけど、しょうがないか。
(なんなの?私が喋ってる?な、にこれ?)
──止めて。ライラさんっ!
(今回も?)
「チッ。邪魔しやがって」
頬についた返り血を拭い彼女はあからさまにイラついた。
山の女神は神世の巫女へ軽蔑とも恐怖ともとれる視線を汚す。
「貴方は私でなく民を殺めた。その罪は重い…もしこの子を助けたら…罪を許すわ。貴方を消したくない…」
しかし月世弥は矛を胸部から引き抜こうと手をかけた。
「民?今更私が民に罪悪感を感じるとでも?コイツは越久夜町の民じゃない。■■の写し身だ」
(──え?今なんて)
辰美は朦朧とする中で耳をすました。
「ならば私と来て。私に苦しみと生を与え続けるの」
手を差し伸べた山の女神に巫女は微かにギョッとした。




