山の女神と幻像の巫女 《再開》10
思い描いたような、純粋無垢な微笑みをたたえ、女性はかつて慕った神霊を穏やかに見据える。その仕草や言動に辰美は違和感を覚えた。
なぜだか危機感を覚える。白々しく、嘘くさい。聖人君子ではないか。今まで見てきた月世弥とは別の、理想像を抽象したみたいだ。
(──私の知っている月世弥とは違う…なんか、やばい!)
「春木さん、なんかおかしいよ。近づいちゃダメ!」
しかし魅了された春木は上の空で月世弥に近づく。手を伸ばし、巫女にゆっくりと触れようとする。
巫女は聖母の如し笑みで受け入れる。けれどその下には血痕が痛々しい胸がある。際立つブローチに似た物が砕けている。夢で見た巫女にはあのような血の染みもブローチもなかった。──わかりやすすぎて、誰も気づかなかった。
だって、月世弥を目にしたことがないから。
辰美はそれに気づき、咄嗟に立ちはだかった。
「アナタ、魔筋に居るバケモノでしょ」
必死に虚勢をはり、睨みつける。
「…。あは、あはは、バレちゃった。おバカな越久夜町の皆さんには見破られないと思ったのになぁ」
聖なるシャーマンの優しげな笑顔が崩れ、歪み、醜い狂笑に変わる。彼女は純粋なかつての月世弥のフリをしていただけだった。
ザラついた映像からヌラリと実態を纏った血まみれの女性がゆっくりと飛び出す。艶の失せた髪を垂らした月世弥はゆらりと神域の起点に降り立つ。腐敗臭が神域に漂い、ゆらぎが濃くなった。
その様子に最高神もさすがに正気に戻り、後ずさった。
「いつ、貴方に最高神だと教えたかしら」
「私は何でも知っているよ。貴方がどのように最高神になり、衰退したか。邪神なる"弟君"の霊魂のおかげでね。けどねえ、この町にずっといたからねえ。あー…生々しく知っているさ」
「は?ずっと─越久夜町に?なぜ私に──」
「教えるわけないだろう。憎らしいお前なんかに!」




