山の女神と幻像の巫女 《再開》8
「う、ううん。あそこに祠があるなぁって」
「え?確かに…道らしきものがありますが…」
「えっ」もう一度目をやれば、祠は木々にさえぎられ見えなくなっているではないか。
さっきまで克明に見えていたのに。
相変わらず倭文神は佇んでいるが、現実味は無い。まるで合成されているみたいだ。
「あらまあ。辰美さん、よく分かったわね」
「ま、まぁ…」三人は祠に向かうめに、草木をかきわける。長年放置されているようだ。
「ご存知だとは思うけれど、タマヨリメの御神体は当初勾玉だったの。今は紙幣になっているわ。星守が円墳から取り出した頭蓋骨が仕舞われているなんて」
たどり着いた先に小さな古びた祠があった。野花が供えられていおり、春木は「誰か来たのかしら?」と不思議がる。
手に取り、懐に入れた。
「押し花にしてとっておきましょう」
そしてしゃがみこみ、静かに扉を開けると──劣化した頭蓋骨が押し込まれるように入っていた。
星守に隠されていた遺骨を前に山の女神は小さく息を吐く。悲しみにくれ、優しく手に取った。何も起きずに落胆した。
「月世弥…ごめんなさい。貴方を救えなかった」
緑と共にその光景を眺め何も言えずにいる。彼女は本当に月世弥の結末などを忘れているのだ。
いつの間にか辰美の横に角髪をした古風な衣装の──童子式神に似た子供が佇んでいた。辰美はあの子供は童子式神ではなく、何度か目にした人ならざる者だと確信する。
「辰美殿。来てくださったか」
「えっ」初めてあちらから話しかけてきたのに戸惑い、近場のケヤキの枝に腰掛ける天津甕星を見やる。彼は肩をすくめてみせた。
「どうかなさいましたかな」
この童子も天津甕星を可視できていないのに気づく。
「神域の起点に行きましょう」
「わたくしもついていきます」まるで一緒に居るかのように子供は言う。
「なあ。親愛の証に触れてみろよ」
囁き声が耳元でする───(触れる?なんで?)
「いいから、面白いのが見られるぜ」
試しに指を童子に少しだけ触れさせると…煙の如く姿が消えてしまった。
「あっ!」彼女を探すもどこにもいない。
代わりに錆び付いた鈴が地面に落ちて、ヂャリンと音を立てた。いきなりの出来事に息を飲む。
「…何の音?鈴?」春木が振り返り怪訝な顔をした。「誰か来ていたの?それは、倭文神…?」
「倭文神?どこに?」緑も周囲を見渡した。
春木らもはなからを倭文神も、童子も見ていなかったのだ。
「──そうさ。アイツは取り入るのがうまいのさ。だから今のオレみたいに、誰でもないんだ」
(取り入る?よく分からないけど…)
もはやあの子供の気配はまったくなく、セミの合唱とギャアギャアと野鳥が騒いでいるのみ。
摩訶不思議だ。
あの人ならざる者は何のために現れたのだろう?
「遺骨が揃った。神域の起点に行くわよ。鳥居前まで神力を使って瞬間移動するから安心なさい」
そういうと春木はずんずんと先に進んでいく。人である二人は戸惑いつつもついて行く事しかできなかった。
予想通り難なく神域の起点に向かえた。神霊の力で瞬間移動をしたからだ。
魔法をかけられたかのように瞬時に、あの神域の起点に続く階段の前にたどり着いた。神の力の便利さに驚かされるが、春木曰く神域の起点の内部までは移動できないという。先々代の強力な霊力で形作られたセキュリティが厳重に施されているのだ。
「階段を登らないといけないけれど体力的に大丈夫かしら」
「は、はい」
緑はぎこちなく答える。もはや人が経験する出来事をゆうに超えていた。
辰美は二人が会話している間に──今度は童子式神がソッと、草陰から覗いているのに気づく。声をかけようとしたが、顔面蒼白の童子式神はそそくさと逃げていった。
(どうしたんだろ?)
長い階段を登り、古代文明の名残りである祭壇にたどり着いた。霧により湿ったパネルは曇っている。夏なのに肌寒いくらいだ。
彼女がパネルに触れると、怪しげな光で画面がついた。未知の領域の言語が羅列し、辰美はくらりとめまいがした。情報量が多すぎる。
「まずは主動力を起動しないと。最高神が権限行使をする」
何かを打ち始めた途端、興味をなくつつあった星神の顔色が変わった。
「オメエ!何しやがる!」
そう言った途端、獣の速さで飛び出した悪神は春木の肩に蹴りを入れた。
神域の起点で、天津甕星が反逆を起こそうとするのは予想外だった。




