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開闢のミーディアム ~人ならざる者が見える辰美の視点~  作者: 犬冠 雲映子
(1) 瞑瞑裡の鼠《パラレルワールド再分岐前夜》
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瞑瞑裡の鼠 「夢札売りの娘」

第2話「現実は夢より奇なり」にでてきたヒロミが主人公のお話になっております。


 夢野 ヒロミは人を幸せにする呪術師(まほうつかい)だ。この世に副音を授けるために奔走する慈愛あふれた女性である。


 彼女は密かに真夜中、通路を歩いていた。目的地はこの町にある善鄉寺(ぜんきょうじ)というお寺。高揚した頬を冷たい夜風が撫でていき改めて緊張しているのだと悟る。こんなんじゃあの人とお話ができないではないか。

 善鄉寺の跡取り息子である青年に密かに、憧れに近い好意を寄せている。容姿端麗な彼は優しくてヒロミをいつも出迎えてくれる。

 

 越久夜町とは、山奥にあるどこにでもあるような田舎町である。牧歌的な、さびれた田舎の風景。以前訪れた時は昼間で、ポツポツと発疹のように、分布した集落と一軒だけ近代的な洋館が山間部に存在していた。


 街灯の少ない夜闇ほど恐ろしいものはない。足早に山裾で構えている寺へ急いだ。途中で盗難に遭い自転車をなくしたことで到着が大幅におくれていた。心中で自動車免許をとればよかったと後悔する。だいたい車社会の土地へ自転車で向かうのが愚行なのだ。なんだったら祖父に頼んで送ってもらえば……。


 ああもう!過ぎたことをあれこれ考えたって変わらない!悶々とした気持ちを振り払って襟を正し、暗闇からぼうっと浮かび上がる閑静な寺院を見据えた。


 一般的な造りである。門は閉まり、人気はない。照明の僅かな明かりだけが居場所をくれた。インターフォンを押すと何やら気配がして柔らかい男性の声音がした。


 ドキリと心臓が高鳴り体が温まった気がする―甘いボイスをヒロミは存じている。そして相貌まで鮮明に思い描くことができるのだ。祖父のしぶしぶ肯定する光景を後ろめたく感ずる気持ちも薄まって、来てよかったと安堵が募った。


「あ、アアアの」

「…えっと君は…ヒロミさん?お久しぶりです。」

 お寺の跡取り息子が玄関まで迎えに来てくれた。その時点で彼女の顔が爆発する。


「おじいさんは?まさか一人で来たの?」

「は、はい!おじいちゃんはその……腰痛でっ!来られなかったんです!」

「どうりで。お母さんからたくさんの電話がかかってきてね。何事かと」

「わははぁ…」苦笑されこちらも恥ずかしいやら何やら。母は少し心配性な所がある。


 どうぞ、と招かれ屋内に踏み入れるや、お焼香やらの匂いがする。彼は奥にいる家族へ客が来たと告げた。


 凍てつくような寒さから一変して汗をかくような暑い室内である。緊張のせいもあるかもしれないが…。灯油ストーブの独特な臭いが季節を感じさせる。リビングで休んでいいとのお言葉に甘え、約束の品を渡した。


「は、はい。夢札…二枚ですね。」

「助かるよー。これで初夢、バッチシねっ!」


 跡取り息子の姉が和気藹々と接してくれる。大晦日が近づいた師走の月はどこも大忙しだ。


 夢札(ゆめふだ)―吉夢を売るヒロミも関東を旅するようにたくさんの場所へ出向く。そして吉夢を求めている人々に品を届ける。いつからこれが始まったのかも、夢札という名称がつけられたのかも…ヒロミは知らない。


 祖父母が淡々と夢札を刷り、おまじないをかける。それはさながら魔法使いみたいだと幼少の頃憧れていた。


「新年を迎えて良くないものが落ちればいいんだけれど。そうは行かなそうですねぇ。」

 跡取り息子がボヤキ、姉も苦笑する。どうやら町に良くない兆候が現れているらしい。あんなに平和そうであるのに。


「いいかな?話しても。」姉は渋りつつも、頷いた。

「悪い行いをする呪術師が町にいるらしいんだ。しかもイタズラ心じゃなすまない、本当にひどいことを。」  

「わ、悪い術者って存在するんですね。…町を荒らしてるってことですか?」

「そうなんだ。ここ一年町でよくないことが起きていてね。神域を荒らされたり、狛犬が壊されたり…明らかに不届き者のいたずらではなく明確な意志があって実行しているようにしか思えない。」

「町の鎮守を破壊しているということですか?」

「そのように私は思ったよ。まさか現代でそんな行いをするなんて、よっぽど迷信ぶかくないと思いつかないんだけど…」


 確かに迷信深くなければ鎮守を破壊しようともしない。無神論者にしてみれば狛犬は歴史的建造物の一つでしかないのだ。


 だから、呪術師のしわざ。

 おとぎ話に登場する悪い魔法使い。祖父の昔話でたまに話される負の側面を請け負う呪術師。彼らは長らく姿を消した。


 穢れを扱う魔法はヒロミの生きている現代社会では禁止されている。代償が大きく、穢れは何より術者の精神を汚染する。身を滅ぼし、不浄の悪霊となり呪詛を撒き散らす―悪鬼になると恐れられていた。


 人々を幸せにする魔法を売る魔法使いが現代に溢れている。表向きには。


「そうそう。誰が呼んだかネズミだなんて呼ばれてて。電撃と共に大きなネズミの大群が現れたとか…ペットや家畜が襲われたとか、ネズミに噛まれてボケただの、挙句には遺骨をネズミに齧られちゃった檀家さんもいるらしいのよ。他にいっぱい、まあ、ネズミなんてどこにでもいるでしょうって話よね。」


 稲妻と共に現れたのは黒いイヌではなく黒いネズミ…。悪魔を彷彿させる登場の仕方はやけに人間臭い。後半の遺骨騒動はただの野生動物のせいだろうけれど。


「巷ではスレンダーマンがでた、とか言われてる。」

 跡取り息子がくすりと苦言を漏らした。


「スレンダーマン?」

「海外で作られたキャラクターが独り歩きして、都市伝説まで発展してるやつだよ。触手とスーツが目印ののっぺらぼう。要するにでっかい触手だらけの化物が出たらしいよ。例のネズミが固まってハシゴでも作ってたんじゃないかな?」

「めちゃくちゃですね。」

「あははっ海外のバケモノが日本上陸なんて、わらっちゃうわよ。」


 男前に笑い飛ばして姉は湯のみにお茶を足す。なんてことのない一場面にしては、おかしな会話である。田舎町に流行る都市伝説。大の大人が議論する内容ではない。


「内容は間違ってないのかもしれない。被害を受けるのだから。」


 脳内のファンタジーな想像上の怪物が一気に凶暴性を帯びた気がした。


「ネズミに噛まれてボケた人がいるってさっき言ったでしょ?襲われた人達はなんだか…気が抜けたような、ボケちゃったみたいになるの。魂が抜けちゃったみたいに。」

 姉は被害者をみたのだろう。気味悪そうに腕をさすった。


「あっちはどんな奇術を使ったのかわからないけれど、私ら呪術師にも検討がつかないんだよ。古来のまじないなのか、それとも魔物の所業なのか。ただ魔法免許は持ってるらしくてね。上のヤツらは腰を上げやしない。」


 魔法使いの古風な呼び方を呪術師という。上層組織に許可されなければ魔法は使えない。どういう仕組みなのかは不明であるけれど、登録されていなければ即座に「無免許の魔法使い」は逮捕される。何を持って名簿に登録されるのか、はたまた認知されるのかヒロミは全くの無知であった。


 祖父も忌々しそうに「お上」へ毒づくし、もしかしたら魔法使いを束ねているのは人智を超えた者たちなのかもしれない。 


「ですが、登録名簿に記載されている術師であり、尚且つあだ名がつけられているのですよね?すぐに見つかっても」

「隠れるのがうまいやつなんだ。街の人にも僕らにも姿が定まらない。雲隠れ才蔵だよ。」

「は、はあ。」

 だから帰りは送っていくよ。寺の跡取り息子は心配そうに言った。

「そ、そんな!悪いですよっ!私、もう大人ですし!一人で帰れますっ!」

【用語解説】

夢札(ゆめふだ) は架空の御札です。

・魔法使い=呪術師 日本版魔法使い。呪術師という名称は現代では古いとされ、伝承などでしか見られない。マイナスな魔法は表向きには禁止されている。

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