山の女神と幻像の巫女 《再開》5
「失敬な。そうね、天道家は…一族を構成する人々は…以前の神官たちが個を相殺されて…ただの操り人形として動かされているの。彼らは"テキトー"で、都合のいい存在。むごい仕打ちだけれども…しょうがないのよ。けど一応村の寄り合いとかでは意見を言うし、まあ、それも、ご都合主義ね」
有屋が解説しながら案内する。
「周りからはご都合主義で認識されてるのでひと通り社会は回っている様子だそうです」
ネーハも付け足し、落胆している。
辰美は早送りで蠢く家族たちを眺め、悪寒がした。
アレは…水でふやけたみたいにグズグズになっているが、ボヤボヤと曖昧で良く見えない状態だ。
綺麗な腐乱死体とも言える。魔境と化した家で春木は独りで人間ごっこをしているようだ。
春木の思い描いた人間の、ボヤボヤした不確かな状況と個を相殺されて使い回しの神官たち─
「人間の時代でいえば、アレらは縄文時代から居るわね」
(じょ、縄文時代からっ!)
廊下をぬけた先に荘厳な庭園があった。そこは椿一色であり、真新しさを覚える枯山水庭園に血が飛び散っているみたいだった。
「気に入っているの。この庭。不思議と椿は枯れず、年がら年中咲いてるから"異界の椿"と呼ばれたり、周りからは人知を超えたモノとして怖がられている…なんて。変な話よね」
「枯れない椿があるせいか、八百比丘尼の伝説も習合したのでしょうか」
赤黒い血の色の、ヤブツバキに限りなく似ていた。緑が触れようとするが、異様な気配を放つ花にやめてしまった。
「あら。よく調べているじゃない。食べると不老になると言われているらしいわ。食べてみる?」
「先輩!」
椿をつもうとした山の女神に有屋 鳥子が静止した。「ルール違反です」
「フフッ、可愛らしいわ。トリネ…冗談よ」
埋めたのは稲荷神だったが、いつの間にか最初は神聖な椿だったものが、次第に異様なものに変わってしまったのだという。
稲荷神に呪いをかけられたのではなく、多分、形見にして欲しかったのかもしれない─と春木は考えている。稲荷神──宇迦之御魂神は春木より先にいた神様だった。
夏の日差しを浴び鮮やかに発光する椿の赤を見つめながら、彼女は言う。
「…タマヨリメの正体が分かったわ。簡単だったのに、忘れたがっていたみたい。タマヨリメは月世弥だったのに」
「…春木さんの意向ではないのですね」
「ええ、いつの間にか月世弥は星守一族に祀られていた。気づいて欲しかったのかしら」
「…祖父の手記に、貴方の事も詳細に書かれていました。太陽を司る心霊であり、猿神でもあり、長い年月を生きている者だと。だけれど、祖父が持ち得ていた不思議な力を使わずに記されていた事柄もあります。手記ではなく日記に」
その言葉に無感情を突き通していた神霊は瞼を伏せた。




