山の女神と幻像の巫女 《再開》3
「それはお前だろう」
か弱い少女の肢体から黒いモヤが溢れ出し、雲として形成された。異様な雲は春木を取り囲むと、質量を持ちきつく締め上げる。モクモクと身動きを取れなくしてしまったのだ。
「…よくも我が祭神を壊してくれたな」
怒髪を逆立て宙に浮いた鬼神は、幼い手で山の女神の首を絞め、女神の体をザワザワと黒い雲でさらに緊縛する。
「壊す?貴方たちが勝手に自滅しただけでしょう?」
「ぐ!」反対に片手で喉ぐらを鷲つかむと怪力で締め上げた。凄まじい握力なのか、痛々しい音がする。
抵抗する子供を無造作に放り投げると、いとも簡単にまとわりついていた雲を念力で散らした。
力の差が違う。あれが最高神の力なのだ。傍観していた辰美は戦慄し、無様に天津甕星の後ろに隠れた。
壁に叩きつけられた諦めずに彼は立ち上がった。
「腑抜けた山神が!その程度か?!」
鬼神の挑発をかわし、山の女神は巻物に手を伸ばそうとした。多分、その後に自分たちは消される──辰美は命欲しさに秘密を破った。
「つ、月世弥の、ず、頭蓋骨が星守一族の手に渡っているの!」
目をギラつかせ殺気立っていた彼女は、その言葉に戸惑った。
「…辰美さん、どういうこと?話してくれるかしら?」
「あ、あー…えっ…と」
タジタジになっている娘を前に、鬼神は肩をすくめる。
「知らなかったのかい?山の女神であろう方が?」
立ちはだかり、手を出すなとジェスチャーした。
「…辰美さんをたぶらかして何のつもり?人間に手を出すなんて、ルール違反よ」
再び胸ぐらをつかみ、山の女神は敵意をむき出しにした。
「この娘が人間だって?笑かすなよ。そうだな──ただ、辰美くんに協力したかっただけだ」
鬼神はあっけらかんとして答えた。彼女は微かに皮肉めいて、嘲笑う顔をした。
「悪霊の貴方がね。毒気が抜かれたものだわ」
「悪いかい?」
ふん、と一笑すると彼は余裕がある様子で言う。
「私は全て知っているぞ、山の女神。だがそれを口にするのは月世弥でなければならない」
「…私の何がわかるの」
──山の女神は月世弥が怖いのです。
そういうと美麗に、チー・ヌーは朗らかに笑ってみせた。
かの神は真の愛を知らない。自己の都合の良いように、利用するしか、他人へ好意をよせられない──
「…哀れな。放してもらうぞ」
腕を乱暴に剥がすと、鬼神は巻物を巻き始めた。「辰美くん、これをあげよう。罪深き山の女神の大切な証拠品だからな。形見として渡しておこうか」
「貴方」
「ほら」無理やり辰美の胸に押し付ける。何か言おうとするも春木に引き寄せられた。
「辰美さん、確か小林さんと共に調べ事をしていたようね。なら私の家に来てちょうだい。一緒に探しましょう?」
「え」
「月世弥を」
「ほう、隠蔽工作かい?」
「行きましょう」ぐい、と腕を捕まれ、連行される。
「あ、ちょっと!鬼神さんっ…」
「行ってきたまえ。ワガママな女神に付き合ってやれよ」
口の端を拭いながら彼は軽蔑を抑え、笑っている。
「じゃあね、気をつけたまえ」




