山の女神と幻像の巫女 《再開》2
今日も地主神が祀られていた神社の境内はガランとしていた。社務所も無人で、参拝者も見当たらない。
辰美は真新しい狛犬が既に破壊されているのを目にして息を飲む。まるで眷属は存在してはならないと、人間に示しているみたいだ。
「やあ」
権現造りの社殿の前に、鬼神である子供が待ち構えていた。彼女はどこか楽しげな様子で、二人をエスコートする。
「さあ、本殿に上がってくれ」
賽銭箱を避けずに体は通過して、難なく閉ざされた扉の前に移動する。住む世界が異なるのだと再確認しながらも、辺りを見渡した。
「誰もいないよ。内緒にしてあるんだ」
戸を開けると催促された。
社殿の中は意外と涼しい。神鏡と幣がある一般的なスタイルの景色の向こう側に、観音開きの空間があった。薬師如来と木彫りの異形のタコが祀られている。
この前の話しは本当であったのだ。
「散らかっていてすまないね。宝物を色々漁ってみたのだ」
「あ、えっ、いいんですか。ソレ」
「私の神社だから別に良いだろう?」
傍若無人な素振りに彼も人ならざる者だと思い知る。
だからご本尊と神像が顕になっているのか。
「それともう一つ」
「なんですか?」
「この神社はやはりご本尊よりタコの神像が本体だったよ。年代が異なるんだ」
薬師如来は江戸時代からであり、神像はそれ以前からあるようだ──と。
「タコ…嫌な感じがします」
何か怖い記憶をしまいこんでいるような、ざわめきがまだあった。
「その通りだ。君の直感は正しい。タコの神像は、…つまりは白痴の霧瘴」
「えっと、それって」
「干渉者の親玉だろう?この地は白痴の霧瘴の息がかかった、ヤバい場所なんだ」
──アトラックは、辰美さんにも関係があるんだ。
疑問符を浮かべる辰美に、ネーハは言いづらそうに口を開く。
──アトラックの親玉は辰美さん自身なんだよ。
「どうした?」
「い、いや、それで巻物って」
「これだ」
床には古びた巻物がちょこんと置かれている。
年代物の中柄な巻物。何やら筆で題名が書かれているが、達筆すぎて読めなかった。
「月読なる魂呼ばいの書、と書かれている」
「魂呼ばい…知らないです」
すると鬼神はそそくさと巻物を広げた。
「どうやら当時の宗教者が書いた秘術だそうだ」
他の書記からすると地主神の神社は星守一族が一時期、積極的に祭祀していたというのだ。
今は観察するに神主は異なる神社の者がたまに社務所を訪問している。祭祀する神も星守一族が管理していた時と変わったのではないか?
それが薬師如来の姿を借りたタコなのだ。
「誰が教えたんだろう?」
「さあ」
横で静観していた天津甕星が、なるほどな、と合点した。
「星守一族がオレを祀っているのは、単に鎮めるためだけじゃない。星守一族の霊魂を固めるためだ」
「じゃあ、星守一族は…」
「魂呼ばいと関連している。もしかしたら魂呼ばいをしたのは、月世弥を甦らせるためだ。星守一族は月世弥の憑坐になったかもしれない」
「月世弥の遺骨も内密に神さまたちが隠しているし、有り得るかも」
月世弥が自害した際に天津甕星の魂の破片が入り込んだ。同じ性質を持つエネルギーを味方につければ、星守一族に宿る月世弥はこの世に留まり続ける。
予測ではあるが─遺骨に残された魂で春木が魂呼ばいをした。星守一族や魂呼ばいはいわば月世弥の不完全なクローンを作るきっかけだった。
星守一族は月世弥の残骸から造られたのだ。
「魂呼ばいというよりはゴーレムみたいだな」
その時、背後に強烈な気配がして三人は振り返った。
「ヒイッ!!」
険しい顔をした天道 春木が立ちはだかっているではないか。
「消えてもらうわよ」冷徹に言い放ち、距離を狭めてくる。
「秘密を知ってしまった貴方たちに、生存権はない」
「ま、待ってください!私たちはただ!」
「ふふふ…来たか。山の女神。お前に会えるのを楽しみにしていたぞ」
鋭利な牙を剥き、鬼神は獰猛さを隠さずに笑う。
「異国の巫覡。物事を引っ掻き回すのはやめなさい」




