山の女神と幻像の巫女 《まぼろし》14
朝方になり、辰美はやっとの思いでうだる暑さの中、シャッターが半開きの小林骨董屋を訪れた。珍しく鍵がかかっており、ガラス戸をノックすると店主が開けてくれた。
どうやら緑も三ノ宮を待っており、冷やした麦茶を用意していた。何の用かも知らされず困ったと愚痴を吐き、彼女は客席に添えられたスイカを我先に食べ始めた。辰美も食べなくなったが我慢して椅子に座る。
「あ、そうだ!月世弥から助けてくれてありがとう」
「は?」
礼を言うが、身に覚えがないと否定される。
ならばあのイヅナは?
少しして三ノ宮 妙順が緑の元を訪ねてくる。彼から漂う香のニオイに不思議と嫌な気持ちになった。
普通なら不快ではない匂いのはずである。
「もし、これから大変な目にあうのなら言わなければならない事がある」
「大変な目?」
「ああ、でも辰美さん。まずは君を叱らなきゃいけないな」腕を組んで、お説教だと彼は眉をひそめた。
「えっ!何?!タヌキさんたちに何かあったの?!」
驚いた女子大生に彼は否定した。
「最近、"神威ある偉大な星らしきもの"が、この町をうろついている。姿を見れはしないがタヌキたちから報告が相次いでいるんだ」と彼は言う。
「神威ある偉大な星?」
「日本神話に当てはめるのなら、アマツミカボシとも言われているよ。越久夜町では"神威ある偉大な星"と呼ばれている」
不敵に笑みをこぼす少女を思い浮かべ、分かりきっている事だが──やはりそうなんだと納得する。ただあの容姿は月世弥の真似をしているのだから間違いなのだろう。
「本来うろついてはならないモノがうろついている。封印を解いたのは辰美さんかい?」と三ノ宮が問うた。
「い、いや、私は何もしてないよっ!オフダを剥がしたり、岩を退けたり剣も抜いてないよ!」
「はあ…天津甕星と呼ぶべきかな、アレは星守一族に封じられた荒々しい神なんだ。星を司るとされてはいるが、謎が多い神であり、災いをもたらす危険な存在なんだよ。何があってアレが遊び回っているのか知らないけど、早いうちに町に影響が出る。前だって地主神の神域と越久夜間神社の」
「あ、あれは私が書いたへんなオフダが爆発して!」
「君が書いた?呪符を作る方法を知っているのかい?誰かに教えられたとか?」
疑心の眼差しをよこしてきた三ノ宮に慌てふためく。
「ま、まさか!ただマーカーペンで見よう見まねで書いただけですよ」
「…。信じ難い」
「辰美さんの字でしたよ。呪符にしては下手くそでしたし、どう見ても素人のガラクタでした。が、呪符で神域を破壊したのはホントなんじゃないですか?証拠に春木さんも出てきましたし」
呑気にスイカを食べながら緑が言う。
「はあ…天道家に喧嘩も売ったんだね?」
「えっ?!喧嘩というか、ただあの子が──」
「あの子?かの悪神を指しているのかい?あの子だなんて」
「え、でも、女の子のカッコしてるし…!」
狼狽える辰美に彼はそれまでの神妙さを崩し、やれやれと椅子に座った。
「第一、神威ある偉大な星…天津甕星というのはね…はあ、悪神にまつわるこういう話があるんだ」
──かつて越久夜町にはオクヤマと呼ばれた時代があった。ある年、オクヤマは災いにみまわれた。数多くの不可解な出来事がこの地を襲った。疫病、神隠し、精神異常、混乱。小さな田舎はあっという間に混乱状態になってしまったのだという。
良くないとオクヤマの地主、名家、神主などが考えた結果、過去に葬られた邪神、天津甕星が天災の原因だと考えた。
神々の意見を聞くために神事を行い、結果生贄が必要となった。
皆、生贄になるのはゴメンだった。すると神が人を作ろうとお告げを寄越してきた。信じ難いが、それが星守一族の始まりだった。
星守一族は天津甕星を鎮めるために生まれ、鬼神となった巫覡も祀る事になったのだ。だが、それは急遽取りやめになり、地主神の神社に鎮められた。代わりにタマヨリメという神が当てられるようになった。




