山の女神と幻像の巫女 《まぼろし》13
「…何の用?」
警戒心をむき出した様子に子供は苦笑いし、おどけてみせる。
「そう怖がるなよ。魔筋は、人ならざる者には優しい側面があるんだ。あたしを外敵…神霊どもから守ってくれる」
「…ならアタシを引き止める必要なくない?」
「山の女神は…天道 春木は我を忘れ、時空を歪めたんだ。自分勝手なヤツなんだよ。アイツを信じちゃダメだ」
釈然としないまま、腕を組んだ。
「今ねえ、命からがら月世弥から逃げてきたワケ」すると巫女式神は表情を曇らせ、ブロック塀に寄りかかった。
「邪悪なる者モドキに遭ってよく生きてるな…。さすがは腐っても辰美、ってワケか」
月世弥は魔筋に迷い込んだ人間を呪殺するという。そうなると人間は生きて帰れない。また彼女の通った道は魔筋となる。神聖な道や封魔の道を千切り、呪詛していく。越久夜町に魔筋が多いのはそのため。
巫女式神は永遠に続く魔筋の奥を見渡していう。
「この町は崩れかけているんだよ。なあ、あたしに任せてくれないか?あたしなら、いつでも、どこにでも行ける。始まりの場所にも行ける。月世弥の苦しみも無かった事にできるかもしれない」
力説する怪しい人ならざる者に、こちらは気圧され困惑する。
「辰美、あんたが持っているものをあたしによこしてくれよ」
──私にその体をよこせ。
人ならざる者の薄気味悪さを実感し、構わず辰美は歩き出した。早く陽の当たる場所に逃げてしまいたい。
「人ならざる者ってそればっか」
翌朝、腰まで天の犬の毛皮が進んでいるのをみてショックを受けた。包帯ではやりきれなくなり、やるせなさにしゃがみ込んだ。以前より取り乱さなくなったが頭がぐるぐるする。
天の犬化が進み、やはり自分に時間が無いと焦る。巫女式神と出会うとなぜ必ず進行するのだと、不思議に思う。
巫女式神は"バッドエンド"を望んでいるのではないか?辰美が、幸せになれなかった未来を望んでいる─なぜだ?
山の女神を殺め自らが主人公に成り代わる。それは大切な人を、失いたくないから?
(大切な人って─)
思考を遮るかのように携帯が鳴った。見ると非通知だった。
「もしもし?」恐る恐る出てみると、「三ノ宮です」と男の声がした。
「明日十一時に、緑さんの自宅へ来てくれませんか?私も向かいます」
「えっ、さ、三ノ宮さん?」
「では、また明日会いましょう」
プツリと通話が切れ、辰美は唖然とする。