狸は所詮狸なり
町外れの小山に寺がある。名を善郷寺という。善郷寺は町の檀家さんにより手厚く管理され小綺麗な石畳に、季節ごとの植物、そして立派な門構え。さして有名な文化財ではないにしろ歴史を漂わす素敵なお寺であった。
しかしその寺(小山)はむかしから狸が住んでいて人らに悪戯や霊験を知らしめたり、はたまた異類婚姻譚の伝承を残すなど非日常な存在であった。
さして狸や狐が人に関わりを持つのは珍しいことではないが未だ寺の住職がその狸の親分の子孫だと語り継がれているのは、現代において稀有である。
そんな小山で「狸」は住んでいた。
見かけは哺乳綱食肉目イヌ科タヌキ属の変哲もない狸であるが、変わっているのは黄緑色の眼と首にかけられた赤い前掛けだった。それは神獣である証拠だった。
そんな彼も開発が進んだ町ではひっそりと暮らす他ない獣たちであるけれど、川べりに隠れ暮らしている狐どもと違い寺の加護をあやかりのんびり暮らしていた。
妖力を持ち神霊の類いである彼は親分の末裔である住職を慕い、仲間と共に寺を守る。滅多なことがなければ彼は陽のあたる場所へ行かない。獣らしく草藪に潜み、たまにやってくる人を目で追うぐらいだ。
ただ最近はなにやら騒がしい。なんだか人でないものどもがうるさく蠢いている。稲荷の神妙な狐も、呑気な鳩も、そして血気盛んな狼も皆下等の者どものざわめきを横目で観察しているのだ。
しかし彼は平和ぼけした末裔がなんてこともない日常を送っているのを見届けると、知らんこっちゃないとねぐらへ戻ろうとした。
だが突如現れたキナ臭いやつに足を止めざるえなくなってしまう。平和なテリトリーへ侵入したやつは偶然出くわした獣を注意深く監視している。お互い鬱蒼とした藪の中只者でない気配を感じ取りじっと身構える。下等な者より格が上でありながら穢れた者。彼はなんとなく存じていた。
人が使役する“鬼神”だ。
あれがかつて生きていた命の呪詛であるのか、神の荒御魂の化身なのかは分からない。ただやつらは人に使役され、おぞましい所業を働く厄介者なのだ。
彼はぎらつく視線を受けながらわざと寛大な態度で歩みを始めた。あれに関わってもいいことがない。狐のように厳しくは当たらないし、鳩のようにやたらめったらに攻撃もしない、狼のように尊大な様相で接することもしない。
狸は狸なりの趣旨があると。
【用語解説】
・異類婚姻譚人間が動物や精霊などの異類と婚姻する昔話の一つ。
コトバンクより
・タヌキ ここでのタヌキは妖怪というよりは神獣に近く、神使または眷属として認識されている。