山の女神と幻像の巫女 《まぼろし》11
彼女は少し恥じらいながら身のうちをうちあけ、円墳に花を手向ける。
「輪廻があるなんて、私も信じていないけれどね」
緑はカスミソウを見下ろす。枯れた花々に加わる花を。
有屋と春木は仕事に戻るべく町役場に行くという。途中で降ろしてもらい、別れを告げ、緑と二人きりになった。
無言で道をただ歩いて、汗が皮膚を伝っていき不快だ。
「祖父は町の歴史を調べていました。もちろん円墳の事も」
「そうだね。それが?」
──祖父が調べ始めてから、母も一緒になって文献や伝承を探しましてね。…生憎、母は途中で自殺してしまいましたが。二人は何かに向かって、必死でした。─私にとっては形見なんです。手記が見つかってから、その思いは強くなりました。
小林家は知識や越久夜町の歴史を得更神聖視した人たちの系譜だった。緑は常日頃の能面のような顔をわずかに暗くさせて、こちらをフッと見た。
「私が見ている景色はホンモノなのでしょうか」
「え?」
「祖父は、…。祖父の新たな手記が、いえ、あれは日記ですね、見つかったんです」
「え!なんて書いてあったの?気になる!」
ワクワクした辰美とは裏腹に彼女はバツが悪そうにしている。
「やはり止めましょう。その話」
「え?なんで?!」
「ごめんなさい」淡白に謝られ、さらに困惑した。「う、うん」
しばらくまた無言で歩いたのち緑と別れを告げ、辰美は路地を往く。モヤモヤとした気持ちを抱えながら商店会から踵を返し、自宅に向かう。
(何を言いたかったのかなぁ)
漠然とした不安にかられ、足元を眺めながら歩く。考えていると頭が爆発しそうになり、顔を上げた。
「──あのバケモノ、柔和な笑みをたたえた顔をしているのに中身は相当にひねくれており激昂しやすいんだって」
「人間が大嫌いで、山の女神の話をすると特に怒り狂い、惨殺してしまうんだって」
「──精神を狂わせられたら最後だよ。魔筋から逃れられなくなり、発狂してあの人間も死んでしまうんだろうね」
どこからか囁き声がして、笑っている。他人事の井戸端会議が近づいて遠のいていった。
「──町をさまよいながら、暗闇を永遠にさまよう哀れなバケモノ。増え続ける魔筋に、いつしか山の女神にさえたどり着かなくなってしまったんだよ」
ブロック塀に──見慣れない──結界と同様の文字と奇妙な化け物の描かれたポスターがあった。
『行きは良い良い帰りは怖い!振り返るとあぶないよ』と頭では理解している。文字は読めないが、翻訳機が搭載されているかのように解読できてしまうのだ。
この路地は尋常ではない、間違いなく力の強い人ならざる者の領域だと、直感する。
振り返るとあぶないよ─とポスターは警告しているのだから、前に進んでおいた方が良いだろう。
おっかなびっくり前へ進むと、大振りな四辻があった。四辻。あまり良い印象はない。
四辻のどの道にも荘厳なしめ縄がなされ、先は墨で塗りたくられているかの如く漆黒だった。うるさいほどだった夏の虫が一匹も鳴かず、やけに静かだ。
──デジャブだ。これは月世弥に初めて会ったシチュエーションにそっくりだ。心臓が早鐘を打つ。無かった事にして、踵を返して逃げ帰りたかった。