山の女神と幻像の巫女 《まぼろし》10
車を停め、ダム湖側にある荒れ野につく。今日も荒れ野には誰一人いない。有屋 鳥子が持参した虫除けスプレーをかけ、三人で湿地帯をゆく。夏の暑さと蝉の声だけがこの場を支配している。
爽やかな自然を満喫できるかと言えばそうではない。どこか淀んでいた。
山の女神である春木はどこか、この淀んだ空気に苦しげだった。
「あっ」突如足をもつれさせながら、湿原に膝をつく。よろけた山の女神に二人は驚いた。
青白い顔をし、息を切らし胸を抑える様に気遣うも、有屋に助けを遮られる。
「山の女神はもはや穢れと神聖を区別できない状態にあるの。カオスの化身のような辰美さんが先輩に触れたら危ないわ」
「か、カオスの化身って…?!」
「有屋…失礼でしょう。私は老い先短いのよ」
そういうとなんとか体勢を整え、歩き出した彼女の後についていく。
(いつも、この空気に苦しみながらお参りしてるのかな)
やがて円墳にたどり着いた。円墳は崩れかけ、原型は無い。その瓦礫へカスミソウをお供えし、手を合わせた。
大人たちに倣い、黙祷する。その時だけは静かな時間が流れ、さわさわと荒れ野の草木がなびく。
「ありがとう。皆で来れて良かったわ」
「先輩…今回でやめにしましょうよ。ゆがみが酷いし、神霊が訪れる場所ではありません」
しかし彼女は首を縦には振らなかった。
「…月世弥の言動、生きていた事を完全に覚えてはいるのに、最期を覚えてないなんて。私がいけないのよ」
「あれは不慮の事故・事件で…」
「──私が関わったのではないかしら?なんて…歳を重ねてボケてしまったのかしらね。困っちゃうわ」
苦笑して、忘れられた円墳を眺める。
「月世弥をすぐに消えてしまう些細な存在、人類の一部だと思っていたの。私は神であの子は人で。だけれど、あれほど悲劇的な結末を迎えるとは予想できたのか、自らはなぜ手を差し伸べなかったのだろう…とか、色々考えてしまうから」
だからこうしてたまに花を手向けに来ている。祈っては、この世の中に月世弥がいるのを夢想する。