山の女神と幻像の巫女 《まぼろし》4
帰り道。一人でけだるさと戦いながら歩いていると、見慣れない子供が向かいから歩いてくるのが見え、足を止めた。人ならざる者だ。身構える。
──そう。その経験を、何度も繰り返せばいい。
白銀に近い長髪の子供が口を出してくる。白い布を纏まとわせた天使のような幼い少女だった。端正な顔立ちは浮世離れしており、生憎背中に羽はついていないが、頭上に幾何学的な模様の"光の輪"が浮いている。
髪をたばねる金具や腰帯、足具などには鈴が装飾されておりジャラリと鈍い音を立てる。その鈴の音をどこかで聞いたことがある気がした。
──あなたが届かない過去。あなたが望む道筋。それを手に入れなさいな。
あの時現れた干渉者だ。
「アンタ、だれ?」
「──わたくしの名はアトラック・シンシア・チー・ヌー。あなたは?」
「佐賀島 辰美」
「いいえ、貴方は…そうでした。まだお早いですね」
異国情緒ある顔立ちに麗しい銀髪と血染めの衣、錆び付いた大ぶりな鈴が装飾された小学生三年生くらいの子供である。絶世の美女とまではいかないが、際立つものがある顔をしている。彼は道の真ん中で佇み、こちらを見透かすような笑みをたたえていた。
「何よ?勧誘?」
「干渉者になるにはまだカルマが足りないのです」と言われる。
「貴方にはもう少し増悪が必要でしてよ」
「あのさ、聞きたいコトがあるんだけど…月世弥を知ってる?」と問うと、彼はさらに破顔した。
「ええ、聖女のような方でした。不気味なほど清廉潔白で…けれどあのサマは面白く滑稽でしたわ。ただ惜しかったのは、彼女が干渉者にならなかった事」
それだけの、ツマラナいニンゲンだった。
ツマラナいのは月世弥だけてはない、と彼は付け足した。
「山の女神は月世弥が怖いのです」そういうと美麗に、朗らかに言ってみせた。
「かの神は真の愛を知らない。自己の都合の良いように、利用するしか、他人へ好意をよせられないのでしてよ。その結果、錯乱してしまいました。月世弥や天津甕星の幻影に悩まされ、罵詈雑言を幻覚にぶつけたのです。何も信じられなくなった最高神は、ある神に助言を求めた…ふふ、滑稽です」
チー・ヌーは楽しそうに語った。まるで楽しい思い出を自慢するように。
「結局、ミンナ、大切に慕っていても、己の害になったら切り捨てるのです。辰美さん、貴方も切り捨てられますよ。いとも簡単にね」
はあ、寂しいものですね、と彼は髪を整える。
「アナタはどうして、この町に居るのよ」
「理由なんて、ないです。ただあのお方に尽くすだけですもの」
誇らしげに彼はそういうと、辰美を通り過ぎ、スタスタと歩いて行った。何も言えずにそれを見送る。
「あの方って誰だろう?…」
不気味だ。干渉者と鉢合わせするなんて。早くアパートに帰って、鍵を閉めて、過ごしていた方がいい。
早歩きに普通の路地に出ると、錫杖の金音がする。
(今度は何?!)
「あっ」
錫杖の音と共に、護法童子であるネーハが突如現れた。
「辰美さん、無事だったかい?!」
「えっ?」
「早くここから去ろう」
そういうや否や辰美の腕を掴み、歩き出した。
どうしたのかと疑問に思っていると、視界がフッと変わり、彼に連行されたと自覚する。