山の女神と幻像の巫女 《はじまり》4
「辰美さん、何をしているんですか」
「実はこの子と」
はて、と視線の先に注目がいく。
「この子?…あなた一人でしょう、また人ならざる者を見ているのですか?困ったものです」
「…そうなんだ」
彼女にも少女の皮を被った化け物が見えていないのを知り、どうしたものかと少し困る。
「…そうですね。…祖父の痕跡を追いたい。そのためには、辰美さんに同行してみるのも手です。お願いします。ついて行ってもいいですか」
「えっ、いやぁー…まあ」
「邪魔はしません」
頼み込まれ、しょうがなく承諾する。この人に頼まれると断りづらくなってしまうのだ。
コンビニエンスストアから神社へ向かう最中、三人で路地を歩く。ミンミンゼミの合唱を聴きながらぼんやりしていると、少女が口を開いた。
「わたしさ。小林 光路を知っているンだ〜」
「緑さんのおじいさんを知ってるの?」
「ああ、有名だったからねえ」
「辰美さんの目は何でも見通してしまうのですね。何もかも」
「い、いや!見通すというかっ」
「私が、本来知らなくていい事柄も」
陰った瞳が澱んでいる。辰美はいてもたってもいられなくなり、慌てふためいた。
「ご、ごめん!な、なんか」
「いいえ、いいのです。知れてよかったです。やっと祖父を知れた気がしたんです」
「…そ、そうかな。この目、散々忌み嫌われたからちょっと嬉しいかも」
「…辰美さん、もしその人ならざる者が何か言ったら詳しく教えてください」
イズナ使いにその言葉を伝える役目となり、わけを話す事になった。
天津甕星が言うには町を調べていたのは、人でないこちらも知っていた。たくさんの人ならざる者がそれを目撃していた。なんせ人の力を逸していた。
それはそうだ。
「──彼は天の犬になりかけていたのだからな」
それを聞いた辰美は口を噤む。言ってはいけない。言ってしまったら、折角できた繋がりや今の関係が壊れてしまう。
少女はニタリと笑って茶化した。
「辰美ちゃんは優しいね」
(私は優しくなんて)
複雑な気分になり俯いてしまった。それを見た緑は無感情ながらも陰りを見せる。
「あ、それ。何ですか?」
「えっ。これ?」
道すがら緑が呪符に気づいた。いつの間にかポケットに突っ込まれていたそれを、見せてくれという。
「じ、実はぁ〜これ、本物かもしれないんすよ!」
辰美はこの前の出来事からして本物なのではないかと期待した。
「この紙きれが?」
「うん。地主神の神社で使えたんだ!えっと、返呪詛祟符?っていうオフダで!」
お手製の呪符を元魔女に渡すと、彼女は真剣な眼差しで観察した。マーカーペンの滲んだ線を指でこすり、ふいにこちらをみた。
「──ただの落書きですね。魔法や呪詛の気配はしません」
「あ、あはは。だよねえ」
キッパリ言われて傷ついたが、だったらあれはなんだったのだろう?