山の女神と幻像の巫女 《はじまり》1
八月の初め。
蒸した正午過ぎのアパートにはきついほどの日差しが当たっていた。扇風機を回して、辰美は団扇を扇いで畳に寝そべっている。
あれだけ朝方鳴いていたヒグラシは黙り、暑苦しいミンミンゼミが叫んでいる。汗をそのままに天井を眺めていると
「二十三日に神域の起点に行ったのか」
「うん、ソレに行った」
エベルムはベランダで座りながら、スマートフォンに類似した端末をいじっていた。異形の手で器用に操る様を眺めている。
辰美にはその端末が何なのか分からないが、機械なのは理解していた。
「神域の起点ってさ、結局はなんなの」
「そのまんまだよ。龍穴とでも言えばいいか?エネルギーの起点になる。最高神はこの地のエネルギーを手にして、支配してるんだ」
「ふーん」
「あのオンナがまだその場を管理しているとはな」
「…この町って、もう死んでるのかな」
「そうだろうよ」
端末から顔を上げると立ち上がる。「どこかしこから腐敗臭がするんだよ。俺ぁ鼻がいいからね」
「やっぱり…犬なんだ」
「犬じゃない。宇宙狩猟の猟犬群の一端さ」
「じゃあ、アイス買ってきて」
「おいおい。パシる気かよ?」
「だってぇーアタシ、金欠だし」
だらけながら喋っていると、ドアをノックされた。大家さんか郵便局員だろうか?
「はーい、どちらさまですか!」体を起こし、ドアを開けると夏に似つかわしくない長髪の少女がいた。
「アイスちょーだい」
咄嗟に閉めると、古びた木製のドアよりかかる。
(はあ?!)
「なんで閉めるのお?」
「あんたにやるもんなんてなンもないから!」
「ん?番神どもに出禁食らってるまつろわぬ神さんか?」
ガチャリと勝手にドアを開けると、エベルムは少女──天津甕星を見下ろした。
「ハリボテ天の犬がいるなンて、世界も終わっちゃうのかねえ」
「お互いさまだろ」
「知り合い?」ごく普通のように会話する二人を見かねて、辰美は問うた。
「悪名高いゴロツキなんだよぉ。コイツ」
「はぁ?お前もだろ」
双方貶しながらも殺気立っていない。どうやら宿敵ではなさそうだ。
「はー…氷しかないけど、今もってくる」
冷凍庫から氷を取り出し、コップに数個入れる。生憎冷たい物はそれしかなかった。
「はい」
「わ、タダの氷だ」
「たりめーでしょっ!」
パクリと口に放り込み、氷をなめているのを見ながら、辰美は少女の垂れていく汗に不思議な気持ちになる。
「辰美ちゃんも食べなよ。」
「私はいい。」
「スイカ味のアイス食べたかったなぁ〜〜!」
「私いま金欠だから」
ため息をついて、熱い鉄板になっている階段に腰掛けた。
「夏休み、楽しもうよ」
うるさいほどの蝉の声が至る所から聞こえてくる。夏休みとはいえ、世間一般が抱く理想的な夏は体験していない。
「ねえ」
少女が甘ったるい声で問うた。
「山の女神の化けの皮、剥がしてあげようかぁ?」
「う、うん?」
──私の名前はツ…ヨミ…月世弥。…裏切られ…惨殺された神官の…お飾り。─そしてこの地に縛り付けられ、ずっとさまよっている者。
あの優しげな情緒と、実際目にした様相はかなり異なっていた。山の女神と会いたいのは本心なのだろうか?
ぼやっとしていると少女が腰を上げた。
「じゃあね〜」
端末に夢中なエベルムに手を振ると、辰美の腕を引っ張る。
自分で書いといてうちわが読めませんでした(笑)




