幻像の気配 11
「不可抗力ってヤツでさぁ…わざと来たワケじゃなくてっ…」
「ここは神域の起点。本来人間が来れぬ、決して訪れてはならない祭場なのよ」
「き、起点?何かやばい場所?」
「そう思っておけばいい。さあ、約束を破った罰を受けてもらう」
二人に右手をかざし、黄緑色の眼光をさらに眩く放つ。波動でも放たれて木っ端微塵にされてしまいそうだ。
「タイム!私たち誰にもコレを話さないから!ね!」
「え、ええ。神に誓って」
「…。この私に下賎な人を信じろと?」
不愉快と眉間に皺を寄せた女神に、辰美は無様に手を合わせて拝み倒した。
「アタシも神を信じるから!春木さんをっ!」
双方拮抗した視線を交わしていたが─
「はあ、バカバカしくなっちゃった。貴方一番神霊を信じてなさそうじゃない」
「今から信じる!」
「…仏の顔も三度まで、と言う事にしておくわ。次破ったら命はないわよ」
殺気を引っ込め、春木はいつもの様相に戻った。陰鬱な気分を滲ませた無表情に。
「…これは、この文明は何なのですか?自国の文化ではないのは一目で分かります。まさか飛来した宇宙生命体の─」
「いいえ。これは地球上に存在していた文明になるわね」
興味があると問いただそうとした緑を山の女神はさえぎった。
「貴女たち、タイプ一の文明─ホモ・サピエンス・サピエンスなる生命体が繁栄する前。タイプ二の文明を有した獣人類がいた。今は妖獣人と呼ばれている者たちになるわ」
「タイプいち?なに?」
聞きなれない言葉に怪訝そうになる辰美。
「あら、天の犬に教えられていないの?カルダシェフ・スケールよ。ホモ・サピエンスが地球を支配してから、彼が提唱してから、私たちはそれを基に判断してる」
「聞いたことがありますが…」
「獣人類は俗に言う古代核戦争で滅んだ。彼らの文明、技術はこの神殿に大きく関与したけれども、自ら地球を穢し帳消しにしてしまったの」
二人は果てしない話に無言になるしかなかった。
「人ならざる者ら…宇宙から飛来した、または地球の神霊や眷属を除けば、大半は滅びた文明の子孫や住民よ」
「し、しかし、彼らはだいたい無形で異界に住んでいて」
緑が珍しく動揺しつつも質問しようと試みる。人類史、いや、地球の歴史をひっくり返してしまう情報を脳が拒絶しているのだろう。
「ジンルイたちは必ず、異なる世界へ旅立とうとするものよ。無形の、肉体を必要としない世界へ」
人は一度電脳世界へ生活圏を移動しようとした。それよりも、ハイテクノロジーな技術で異なる世界へ行った種族たちがいたのだ。
「気が済んだ?」
「まあ…」
「…最後に月世弥の墓について聞きたいです。なぜ円墳なのですか?縄文時代には、円墳は存在していないはずです。」
すると春木は受け答えを拒否するかと思ったが、口を開いた。
「巫女が死んでからかなり経ってしまったけれど、ええと─ある出来事があって、古墳時代に円墳を作らせたの。…認識と時空を歪ませて偉人が眠っていると…精神干渉してね。あれは確かに巫女の墓よ。あの場で巫女の遺体は打ち捨てられた」
「実在の人物なのですね」
「もちろん。あの娘は確実に存在していた」
はっきりとした言葉で彼女は月世弥を肯定した。そして悲しみに視線を伏せ呟いた。
「天津甕星に操られて巫女は、あのような行動を起こしたんだわ…」
「あのようなって、なんですか」
緑が聞くも春木は答えない。
「さあ、帰りましょ」
催促されて頷くしかない。第一彼女は人間が逆らえる存在でないのだ。
「雨、止んでるかなぁ…」
「骨董屋まで神力で移動させるから、雨を心配しなくても大丈夫よ」
「わーい!ありがたーい!」
「調子がいいわね…」
うざがられながらも辰美は呑気に遺跡を観察していた。もう二度と来れないかもしれないからだ。
「ん」
祭壇の端に刻まれた溝─傷がある。傷は最近ではなく年季が入っているため、古代人か前人類が書いたものだろうか?
これまで目にしてきた人ならざる者への文字だ。拙いが、意味をなしていた。
『忘れないで。私の太陽』
辰美はその羅列された字を読み、復唱した。ピタリと春木が足を止め、振り返る。
「辰美さん?」
カルダシェフ・スケールをどこかで登場させたかったので満足です。
表面上しか知りませんが………カッコイイから………(汗)




