未確認思惑「ゲームオーバー」
最終話です。
短めになりますがライラのお話しはこれで終わりです。
これまで廃ビルを幾度と訪れていたけれど地下があるなんて存じていなかった。コンクリートで封がされてしまった─何かしらの曰くがあるのか?平和で友達ごっこをしていた頃よりこんな世紀末じゃないと分からないなんて、運命とは残念な仕組みである。
うずくまり呻吟する魚子を休めるため、瓦礫の山の辛うじて安定した足場で休憩する。かすかな雷鳴のようなくぐもった音が聞こえるのみで他は皆無だった。
人の叫びも危険を知らせるアラームも防災無線もない。人の文明が届かない山奥の廃墟を彷彿させる。あいにくここは文明の中心部だ。
「爆心地はあらかた全壊しちまったようだナ。」
竹虎が心中を代弁した。敵とみなされた人々は武器で徹底的に攻撃され粉々になってしまったのだろう。うざったいと毛嫌う雑踏も未確認生命物体愛護団の皆さんも末恐ろしい未確認生命物排斥派も。
(こうして地下に潜伏している人はいる?私たちだけ?)
みんな居なくなってしまったのか?
「そ、そんな…おかあさん、おとうさん…。」バイヤーは涙を零しそうになりぐっと堪えた。泣いても奇跡は起こりやしないと痛感したのだ。
「地上に上がろう。」
「う、うん…。」
覚束無い彼女の手を引いて瓦礫をのぼり始める。人ひとりの重みを感じ、瓦礫がわずかに崩れた。硬い無慈悲な破片が足を傷つける。亀裂の隙間から平生の宵ではお目にかかれないファンタジックな薄暗い空が広がっている。紫色のようなファンシーな空、淡いピンク色の雲。UMAは空まで改変してしまったらしい。
「くそったれ…!」
外へ一心不乱に手を伸ばした。
ベチャッと掌に気色の悪い感触が広がる。ガラスの破片でなくて幸いだ。半身を粘着質な水たまりに浸しながら這い上がる。
「わお…。」
人の気配すらしない、奇妙な静寂さが地上を支配している。タコだった「モノ」は弾け、どろどろと地面を覆う。どことなくファンシーな原油めいた虹色だ。消化できなかった瓦礫が氷山の一角の如く突き出している。あんなにせせこましい都市は平野といっても過言ではないくらい壊滅していた。
爽やかな風が吹き、甘ったるいガムの匂いが頬を撫でていく。なるほど。少女趣味がすぎるじゃないか。
こんなふわふわな世界でも戦闘機が空を舞っている。外部から応援を呼んだ?それとも世界の警察が災いを根絶しにきたか?物騒なヤツらだ。
「なんにもなくなっちゃった…。なにも。」
悔しそうに彼女が言う。崩れ落ちそうになり、妖獣人に支えられた。
「当たり前でしょ。もうここはあの世なんだよ。皆死んじゃったんだ。現実世界から外れちゃったんだ。」
魚子は理解不能だと怒ってみせた。我々は生きている。今だって三人で作戦会議をしている。
「ハンターは時々こーゆうのに出くわすんよ。」
現実世界ではゾンビウイルスのパンデミックにより壊滅やら、日本侵略やらそれとも隕石やら─様々な理由が起きて、人類は喪にふくしているのかもしれない。ありがちじゃないか。
常識を覆してしまった瞬間から正規の世界から外されてしまう。そんな気持ちになったことはないか?
「あなたってひとは」
バイヤーは青息吐息で思考をやめた。
「まあ、分からなくもないですよ。そういう感覚?雰囲気?」
「じゃあ協力してくれる?この世界から弾かれちゃっても、またバイヤーとしてあたしに。」
「──バイヤーとしてまた巡り会ってくれる?」
「へ?どういう」
「……。あたしが魔法を使う。映画の安倍晴明とか芦屋道満には劣るけれど、足しにはなるでしょ?」
「あべのせーめー?あ、あの、あれですか?」
いきなり飛び出した単語に魚子はやけにどもった。かつて映画で放映されたジャパニーズ魔法使いを日本国民は偉く持て囃した、現実離れした幻術や光景を現代人は羨んだのか。
魚子は歴史人物や魔法関連に疎いとみた。
「うん。陰陽師の。」
「陰陽師はもう絶滅したと言われています。ライラさん、お気を確かに…」
「ニホンオオカミだってニホンカワウソだって、生きてると思われてるでしょ。それと同じで私たちはまだ生きてると思われてる。ミームがそこら中に蔓延してる。だから、魔法使いは否定されずマジックが使えてまやかしに攻撃できる。」
あれが悪霊なら、対となる悪霊祓いができる。
「UMAだってことさ。」
「あたしたちの世界からしたら、そんなことはないけどね。」
「本当に魔女だったんですか?」
「うん。ジャパニーズ魔法使いだよ。それにあたしゃメン・イン・ブラックの一味と友達なんだ。」
冗談を真に受けたのか、魚子は神妙に頷いた。(ばかだなあ、魚子は…)
こんな気持ちを抱くのも最後かもしれない。それも一興だ。あの時から終わっていたのだ、麗羅と言う人間は。
吾妻に出会い、他界されひとりぼっちになった時から。もう現実世界から足を踏み外してしまったのだろう。
(ごめん、吾妻。私はあの世にも行けないかもしれない。)
爆風を受けながらけぶる瓦礫の山を踏みつける。めちゃめちゃだ。何もかも破壊され、粉々になっている。麗羅は隠し持っていた拳銃をセットし、巨大で邪悪なるタコを見据えた。まるで邪神と恐れられたあのタコのようだ。
こんなもの、幻想にしてみればオモチャのエアガンよりちゃっちいものだ。でも、と麗羅はガラクタに力を込める。魔法。かつて宇宙が生まれ、弾け飛ぶ運命を知らず、若々しいエネルギーは有り余るほどに漂っていた。
人体にも名残りのある神秘的なエネルギー。マジック。魔法。呪術。祈り。
(久しぶり過ぎて上手く操れないかも。)
"魔法"など人が決めつけた当てずっぽうの形容でしかない。この星に蟠る摩訶不思議な力をありったけに吸い込む。あの子がしてくれた最後のチャンス。まやかしの粒子がそこらじゅうにただよっている。
現代日本の魔法使いをとくとみよ。
「行くぜ!最初で最後の大捕物ダッ!」
人虎の末裔が宣戦布告を申し出る。虎にタコはビクともせず宙を無気力に漂っていた。(あの子らしいや。)
神の如し鎮座する新種のUMAへと歩みを進める。あれがこの世のルールを定めてしまう前にさっさと片付けよう。
ねばつく砂丘を超えながらハンターどもはタコを見据える。
「ボーガンと銃でどうこうできる代物じゃありませんってばーっ!」
後をついてきた魚子がかな切り声をあげた。
「コイツを仕留めたら億万長者だぞう、ライラ!」
わざと声を張り上げ竹虎は鼓舞する。とうの麗羅はすました顔をして渦中へ身をなじようとしているが、その心中は拝めない。この女はいつもそうだと、竹虎は悪態をつく。
(飄々としやがって。ホントは怖いくせに。)
本人は気づかないのだ。
拳銃を握る手が震えていることに。
手だけではない。爆弾が建物へ落下した時だって、魚子のように戦慄していた。ずっと怯えていたのだ。(―オレだって怖いさ。怖くなきゃ、あんなもの気にしもしねェのさ。見るものを狂わせる大きな―タコ。それは高層建築物を破壊しつくし人々を狂気に駆り立てた。もう十分だろう?)
竹虎は魔法使いが嫌いだ。まやかしで惑わし真実をうやむやにする―妖力を持つ我々とは似て非なる、底知れない生き物だと。母からそう教わった。麗羅は魔法使いで魔法使いらしくヘラヘラして怖いものなしに振舞ってはいるけれど、一番臆病者なのだ。怖いものを目の当たりにすると笑って誤魔化そうとする。
魔薬に脳みそを麻痺させて、記憶の渦から逃げても麗羅は恐怖から逃げられはしなかった。
似たもの同士ってヤツなのだ。今だってニヤニヤ笑いを浮かべて互いに誤魔化している。
「悪い子だなあー!悪い子には悪い魔法をかけちゃうぞーっ!」
魔女があらん限りの声量で挑発する。のんびり浮遊していた不格好なタコがじろりとこちらを一瞥した。
「よかったじゃないっ!飛べて!飛んでる心地ってどんなのか教えてよ〜!」
「ヒィっ!こっちきたっ!」魚子がギョッと後ろに後ずさる。ゆっくりであるけれど巨大なUMAはこちらへ向かってきた。
「かかった!」
麗羅は魔法を発動させるマジカルステップを踏む。古来から人々が集約させてきた技術を使う。この星に蟠っている原始のエネルギーを集約するため、指を空気に這わせる。指先が熱くなり不気味であり尚且つ神秘の瞬きが辺りをてらした。
奇跡の星である地球を見守っている神へ祈る。最初から覗き見していたはずである。全てが始まる瞬間から。
小さい頃から染み付いた自らに似た神の姿が脳裏をよぎる。神は、いないはずだ。無神論者ほどでは無いがこの皮肉な人生を選択させる神なんて、いない方がいい。けれど今は神様に祈る。
地球の神よ。
(あの子を救ってあげて。私のせいで、人の道を外れてしまった哀れな子を。)
神が冷徹な視線をよこしてきた気がした。
(-あの子を成仏させて。)
「急急如律令。」
燐光がファンシーな世界を照らす。銃を魔法の武器に変えるべく、魔法を纏わせた。
「辰美ちゃん、私ともう一度話そう。終わらせてあげるから。」
ありがとうございました。
追記
加筆修正しました。