幻像の気配 4
「山の女神の─越久夜町の過去を詮索するのは良い事かもしれんが、あまり暴いてあげるなよ。誰しも思い出したくない記憶はあるものだ」
「…うん。」
そしておじいさん狐は自らに言い聞かせるように言った。
「いいや、人間如きに暴けるとは思えんな」
「がんばりますよ」
死んだ魚の目とは裏腹な意欲のある宣言をした緑に一同困惑する。
(困ったなぁ…)
「あー…今日は夏祭りがあるな。二人で楽しむとよい。神輿渡御神事はのう、まさに町を表しておる。神輿に四神─青龍、朱雀、白虎、玄武が飾られてるのだ。かなり絢爛豪華で見応えがあるぞ」
神使はあらかさまに話題をそらしたが、イヅナ使いのやる気は消えそうにない。
午前十一時。
骨董屋に戻りクールダウンする。往復し帰って来てかなり疲れた。登山に思いのほか体力を消耗したみたいだ。
倦怠感にテーブルへ突っ伏し、埃臭い冷房に当たっていた。眠気に身を任せウトウトしていると。
書斎から持ってきた、祖父の手記を熱心にめくっていた緑がふいに視線を上げた。
「祖父の手記に巫女に関連がありそうな墳墓があると書いてありました。それは邪崩の荒れ野にあるそうです」
「荒れ野……あ、川の上流の方の?」
久夜川の上流にある湿地帯だ。足を踏み入れた事はないがなんとなくあるというのは存じていた。
「あの場は曰くが多いですから、少し用心しなければなりませんね」
「え、行くの?!」
思い立ったが吉日と、緑はどこからか取り出した大きめのリュックサックに長靴やらを詰め込んでいる。登山でもするのだろうか?
「もちろん」
「曰くつきなんでしょ?」
「ええ」
「いやだよーっ!怖いしっ、もし人ならざる者が出てきたら─」
「辰美さんがいるので大丈夫ですよ」サラリと言い放った店主に青筋がたつが、長靴を渡されあたふたする。
「レインコートも持って行きますか」
「う〜」
同様なリュックサックも手渡され、渋々荷物を詰める。ラジオから全国的に午後から大気の状態が不安定になるとの予報が読み上げられている。
曰くつきの荒れ野を探検するよりも涼しい部屋で昼寝でもしたいな、と考えていると、緑が聞いてきた。
「月世弥は夢に出てきたのですよね。」
「うん」
──ふん。馬鹿な娘だ。月世弥を嗅ぎ回るのはやめたほうがいい。あの人が不安定になる。
あの優しげな気色と、実際目にした様相はかなり異なっていた─。
「辰美さんは、どう思いますか」
「えっ何が?」
「どちらが真実の月世弥だと思いますか?」
私を探すな。私を見つけて。相反した言葉を「月世弥」は訴えてくる。彼女は魂をバラバラにされてしまったと言っていた。
「…うーん。どっちも本音なんじゃないかな。」
芯をバラバラにされたが太古の巫女がどこまでも案じていたのは、山の女神である春木だった。
「春木さんが大切なんだと思う」
「…。ふうむ。難しいですね…私には理解ができません」
「いつか分かるよ」
緑の心が完全に回復したら人間味を取り戻すのだろうか?笑ったり泣いたり、世間一般の女性のようになるのだろうか?
(緑さんが……想像できないなぁ)
お神輿を担いで町を回るのを神輿渡御神事というのですね。知りませんでした。
四神を装飾しているのは私の住んでる市のお神輿を参考にしました。今は違うそうですが…。